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流狼−時の彷徨い人−No.3

[561]  水無月密  2009-09-17投稿
越後との国境までたどり着いた三郎と半次郎であったが、二人は目的地を目前にして窮地に追い込まれていた。
 晴信は三郎の逃走路をいくつか予測し、その最終地点に兵を配置していて、その一つが三郎達の行く手を阻んでいたのだ。

 敵の数は二十。三郎を連れての強行突破は無理だろう。だが、掃討するには数が多すぎる。
迷ってる時間もなかった。夜明けが近い今、長考すればそれだけで敵に見つかる危険が増す。

「……半次郎殿」
 不意に呼ばれて振り返った半次郎に、三郎は身なりを正して深々と頭を下げた。
「ここまで連れてきていただいた事、深く感謝します。ですが、これ以上半次郎殿に迷惑はかけられません。
 …信房からの依頼、なかったことにしてください」
 唖然とする半次郎に、三郎は屈託のない笑顔で語り続けた。
「ここで生を終えるのは、武田家に生まれた私の運命。半次郎殿まで付きあうことはありません。
 貴方だけでも生き延びてください」

 半次郎は目頭が熱くなるのを感じた。この八歳の少年は死を覚悟し、更には護衛役の半次郎の心配までしているのだ。
 そして、半次郎は腹を決めた。この少年を護るため、ここで死に花を咲かせようと。

半次郎は三郎の両肩をつかむと、その澄んだ瞳をまっすぐ見つめた。
「三郎様、貴方はこんな所で死んではいけない。この荒んだ時代には、貴方のような方が必要なのです。
…道は私が開きます。だから貴方は、必ず景虎様にお会いは下さい」
 そう言い残すと、半次郎は敵の真っ只中に駆け込んでいった。

 虚を衝かれて浮足立つ武田兵。半次郎はその内の三人を一気に討ち取ったが、奇襲が効をなしたのはここまでで、後は乱戦となった。
暗闇の中、月明かりに照らされた白刃が無数に舞い、刀が触れ合う度に激しい火花が飛んだ。

暗闇は半次郎に味方していた。手当たり次第に切り倒していく半次郎に対し、武田兵は相手を確認する必要があり、その分だけ反応が遅れていた。
だが、それでも半次郎が劣勢である事にかわりはなかった。いかに半次郎が剣の達人であっても、屈強で知られる武田兵相手では多勢に無勢、時の経過とともに半次郎の体は傷を負っていった。

やがて死闘の終わりとともに、暗闇は静けさを取り戻した。

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