人斬りの花 29
5-中 人斬りの花
どの位の時間が過ぎたでしょう,
私は未だに父の遺体の側で泣いていました。
『泣いて‥いるのですか?』
その時,親切そうな若い男の声で,
私はやっと我に返りました。
『親を斬られたのですね。可哀想に‥。』
『‥。』
『おや?これは‥』
若い男は,
父の遺体から何かを見つけたようでした。
盲目の私には,
父がどの様な有り様で死んでいるのか見えませんでしたから,
その人の言葉に,必死に耳を傾けていました。
『遺書ですね。』
『遺書‥』
私は思わず言葉を発してしまいました。
『お父上が遺された‥。椿と書かれてあります。どうやら,あなた宛てのようですね。』
『はい。お願いです,それを私に読んで下さい。目が見えないのです。』
『私で良ければ喜んで。では,読みますよ。』
その時私は,
何故か少し怖かったのを覚えています。
†
私は,親切なその男にしばらく育てられました。
男は裕福な医者の息子で,私の頬の傷のみならず,見えなかった目も辛抱強く治して下さいました。本当に感謝しています。
しかし,彼に大商人の娘との祝言の話が持ち上がり,私はいつまでも世話になるわけにはいかなくなりました。
なので,診療所が落ち着いている頃を見計らって,夜にこっそり働いて貯めたお金と文を置いて,家を出ました。
何か一言言うべきだったと後悔していますが,
彼の優しさにつけ込んでしまうような気がして,
私はあえてこの道を選びました。
家を出たと言うものの,
行く宛などありませんでした。
暫く町をさまよい,
目についた一件の飲み屋に入りました。
1人でお酒を飲み続けている内に気分が悪くなり,風に当たろうと外に出た時,店の細い路地裏で人の気配がしたのです。
暗闇で2人の男が揉めていて,その内の1人が倒れました。
何が起きたのか,
目の見えるようになった私には,はっきりと見えました。
きらりと光る刀,
流れ出る血。
そして,
斬りつけた男の,どこか悲しそうな顔。
思わず私は飛び出していました。
― この人は以前の私に似ている。
酔っていたせいもあるのか,そんな気がしたのです。
≠≠続く≠≠
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