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がく、さい 第七場 〜川上さんの話〜

[161]  あこ  2009-10-16投稿
この人は、どこまでも甘い。

「…いつからだっけ。」


「……ゆうくんって呼ばなくなったの。」


私は独り言のように言った。

「…いつだろうね。中学ぐらい…かな?」

彼は思い出しながらゆっくり話す。慎重に。言葉を選びながり。

「あんまり会わなくなったもんね。仕方ないよ。」


「ありがとう。」


私は長い間言わなかった言葉を、言うべき人に言った。

「え…」

後藤は驚いた顔をした。前髪の隙間から目が覗く。
私の様子を伺うように。
どこか、怯えた目をしていた。

「後藤が先生とか、呼んでくれたんでしょ。ありがとう。」

彼は答える代わりにこめかみ辺りをかいた。
後藤なりに笑ったのかもしれない。


「前髪、切りなよ。」


「やっぱ…邪魔かな。」

「うん。凄い邪魔。」

「本当、実緒は素直だね。」

そういった後、後藤はしまった、という顔をして、謝った。

「いいよ、何でも。」

「…うん。」

私は素直なんかじゃない。可愛くもない。
言いたい言葉も言えない。

頭では、分かってた筈なのに。



「川上さん、お水。」

瀬戸ちゃんが献身的に小さなコップを私の目の前に差し出す。

「大丈夫?自分で飲める?」

「うん。」

私は上体を半分起こし、渡された水を一気に流し込んだ。

「甘い……」


瀬戸ちゃんは目を丸くして、笑った。

「ただの水だよ〜」

悪意のない声で言った。



素直になりたい。
瀬戸ちゃんみたいな子だったら、きっと人生違ってたんだろうな。


透明な水は私の身体の中に取り込まれて、私の中の黒い、どろどろしたものを、流してくれる気がした。


「川上、ご両親来るって。」
先生が顔を覗かせて言った。

「あ、はい。」

先生と瀬戸ちゃんは一旦学校に戻ると、部屋を出ていった。

また後藤と二人。


素直になりたい。

自分にさえ嘘をついてる。

甘いのが飲みたい。白くて甘い液体。
胃もたれしちゃうぐらいの。


馬鹿は私。

私は後藤が必要なんだ。

甘くて、甘くて、吐き出しちゃったとしても。

また飲みたくなるのだ。



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