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がくさ、い 第二場〜後藤くんの話〜

[165]  あこ  2009-10-19投稿
僕はいつものように教室のドアを静かに開け、出来る限り音を立てないように椅子をひいて座る。

静かに、静かに、存在を消すように。

「おはよ。」

隣から声をかけられる。身体に緊張が走る。

「おはよう。」

声が震えないように、慎重に言った。

前髪の隙間から隣を見ると、遠藤ユミコはくったくのない笑顔を向けていた。前髪ごと後ろに束ね、形の良いおでこが見える。長い睫毛は自然に上を向き、丸く黒目がちな目は孤を描き、三日月型になっている。

「…………ない?」

僕は彼女の言葉を聞き逃していた。

「ごめん、え、何?」

「それ、目に刺さらない?」

遠藤さんは、長く綺麗な指で僕の眉間の辺りを指した。僕の目はその指に吸い込まれるように、中心に集まる。指先が微かに前髪を揺らし、くすぐったい。

思わず顔を背けた。

遠藤さんは大きな声で笑った。僕は予想外の反応に振り返る。

「後藤くん、寄り目!」

さも楽しそうに口を押さえて笑っている。でも嫌な気分はしなかった。それは馬鹿にした嘲笑ではなく、誰に対しても平等に与えられる彼女の無邪気さだということが、分かるからだ。

「おはよ、ユミコ!」

「あーおはよ!さとちゃん。」

遠藤さんの周りにはいつの間にか、人が集まっていた。彼女の魅力に引き寄せられるように。

僕はその隣で静かに、存在を消すことを考える。心を無にすれば、一人でいることは怖くない。何も感じなくなる。麻痺させるのだ。感情を。

そして僕は見えなくなる。


「おはよう、ユミコ。」

瀬戸さんが控えめな声で言う。この二人は親友らしく、時間さえあればいつも何か楽しそうにしてる。瀬戸さんが遠藤さんの部活が終わるのを待ってたりもする。

「後藤くん、おはよ。昨日は大丈夫だった?」

瀬戸さんは僕の存在に気付いてしまったらしく、話し掛けてくる。僕は消えそびれてしまったようだ。

「うん、大丈夫だよ。まだ病院みたいだけど、夜には大分元気になってた。」

「良かった。」

瀬戸さんは心から安心したような、優しい笑みを浮かべた。

「はい、みんな席つけー」

チャイムと同時に担任の秋谷先生が入って来る。

瀬戸さんは素早く反応し、席に走る。

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