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流狼−時の彷徨い人−No.20

[411]  水無月密  2009-10-25投稿
「待ってください、私はまだ、ノア殿に何も恩返しをしていません」
 必死に食い下がる半次郎。彼にしてみれば、そのためにここへ来たのだから、当然な反応だった。
「オマエはワタシの予想を超えて成長して見せた、それで充分だ。
 それよりもオマエ、そんなことをしている暇はないのではないか?」
 ノアのいわんとする所が分からず、半次郎は首を傾げていた。
「何だ、知らないか?今、川中島で起こっている事を」
 俄かに半次郎の顔色が変った。川中島は過去三回、武田家と上杉家が激戦を繰り広げた地なのである。

「ワタシは通り掛かりに川中島を見てきたが、あの合戦は激戦になりそうだった。
 最悪の場合、どちらかが滅ぶかもしれないな」
 半次郎は愕然としていた。力が拮抗する両家の合戦で、一方が壊滅する程の戦いになれば、もう一方も深手をおいかねない。
 そうなれば、他の勢力に付け込まれるのが落ちである。

 半次郎は即断した。ノアへの恩返しは延期できるが、川中島へは今行かなければ、両家は致命的な打撃を受けるかもしれない。
「済みませんノア殿、私は川中島へ行かねばなりません。
 貴女殿への恩返しは、その後で必ず」
「ここで待っているほど、ワタシは暇ではなない。
 ましてや、次の目的地はシャンバラに関わる事だから、教える訳にはいかないぞ」
「構いません、全国を探し回わってでも、ノア殿を見つけだします。だから、その時は恩を返させて下さい」
 それは無理だと、ノアは思った。
 シャンバラへの入り口は世界各地にあり、ノアの活動範囲は日本だけではないのだから。
 だが、それをいったところで、半次郎は引き下がらないだろう。

「……好きにしろ」
「では、いずれまた」
 笑顔を残し、走り去る半次郎。
 その後ろ姿を見送るノアは、愁眉を浮かべていた。
 激戦が予想される川中島で、半次郎は命を落とすかもしれない。
 優し過ぎる彼の性格は、戦場では命取りなのである。
 あれだけの才能が失われるかもしれないと思うと、ノアは遺憾であったが、彼女自身がこの戦いに関わる訳にはいかない。
 半次郎とは逆方向に歩みを進めるノアだったが、今一度立ち止まって、見えなくなった半次郎の後ろ姿を捜していた。


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