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子供のセカイ。90

[353]  アンヌ  2009-11-06投稿
(あれ…?どうしたの、かしら…?)
体に力が入らない。美香はライオンから離れようとして、逆にライオンにぶつかるように円の中に倒れ込んだ。後ろからホシゾラの悲鳴が聞こえた。ライオンが上からじっと美香を見下ろしているのがわかる。今や美香と番人を隔てるものは何もなかった。やろうと思えば、番人は美香の首の骨を噛み砕くこともできたし、その太い前足で頭を踏み潰すことだってできた。危険だとわかっているのに、体はちっとも動かない。美香はうつぶせのまま、成す術なく横たわっていた。ホシゾラが狂ったように美香を呼ぶ声だけが、耳の中でどこか虚ろに響いている。
それからどれくらい経っただろう。不意にライオンが動いた。ライオンの前足が、そっと美香の肩を押しやるようにして、美香の体を円の外側へ出してくれた。
「頼んだぞ、小娘。」
美香はハッと目を見開いた。
番人は謎めいた言葉を残したまま、背中の翼を羽ばたかせた。力強く空気を打つ内に、ライオンの巨体が徐々に石舞台から浮き上がる。美香はようやく頭だけ上げると、宙に浮かぶライオンの背後に、巨大な門扉が出現するのを見た。灰色の扉は、まるでその向こうに宇宙を秘めているかのように、風を吸い込みながら、重々しい音を立てて開いていく。
美香は、扉の向こうに、誰かが倒れているのを見た。
短い黒髪の少年。ボロボロに傷ついた体で、ぴくりとも動かずに――。
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
心臓が苦しいくらいに胸を叩いた。
美香は、衝動的に立ち上がっていた。動かなかったはずの体が、この時なぜか急に動くようになった。
美香は迷わず少年に向かって走った。
「耕太っ!!」
少年はぴくりと頭を動かした。――まだ、生きてる!美香は泣きそうになりながら扉の中に踏み込んで、耕太の傍らに駆け寄ると、その体を抱き起こした。
「耕太!しっかりして!」
汚れた頬に手を触れると、耕太は瞼をわずかに震わせ、うっすらと目を開いた。少し痩せた、かもしれない。耕太はぼんやりした瞳で美香の顔を見ていた。
「美……香……?」
美香は何度も頷いた。喉が塞がってしまったように声が出ない。美香は浅く息を吸いながら、必死で高ぶる感情を押さえつけた。
「ごめんね耕太…!遅くなってごめん……。」
耕太はわずかに唇を緩ませると、なだめるように美香の肩に手を触れた。

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