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ベースボール・ラプソディ No.4

[590]  水無月密  2009-11-10投稿
 翌日より大澤の勧誘を始めた八雲だが、そのしつこさは常軌を逸するものがあった。
 さすがに授業中はおとなしくしていたが、休み時間になるたびに彼は大澤を追いかけまわしていた。
 それは場所を選ばず、更衣室やトイレでもお構いなしだった。
 最初は取り合いもしなかった大澤だったが、それが二日目にもなると、平常心ではいられなかったようだ。

 その日の掃除時間、さっさと掃除を済ませてやってきた八雲は、教壇付近にいた大澤を見つけて意気揚々と話しかけた。
「大澤さぁ〜ん、一緒に野球しましょうよぉ〜」
 大澤は振り向き様に黒板消しを手にし、すかさず八雲へと投げ付けた。
 その動作のシャープさ、投げ付けた黒板消しのスピードとコントロールの良さは、彼の野球センスの高さを感じさせた。
 が、八雲はヒラリかわしていた。
 怒鳴り付けようと鋭い視線を向ける大澤だったが、八雲は脱兎の如く逃げ去った後で、すでにその姿はなかった。

 舌を鳴らす大澤は廊下へ黒板消しを拾いに向かうが、周りのクラスメート達の反応は冷ややかだった。
 以前に暴力事件を起こしている彼は、クラスで浮いた存在になっていた。
 だが、そんな彼にも友人はいた。
「ずいぶんと後輩から好かれてるじゃないか」
 小学校からの付き合いである三井が話しかけるが、大澤は掃除の手を休めずに素っ気なく答えた。
「迷惑なだけだ」
「いい機会じゃないか、また野球をやったらどうだ」
 三井の言葉には優しさがあった。だが、それでも大澤の野球にたいするわだかまりを溶くことはできなかった。
「……俺の中では、もう終わってしまった事だ。今更やっても、何の意味も無い」
「なら俺と一緒にサッカーをやる気はないか、お前ほどの運動神経ならうちの部だって……」
「和也の気持ちは嬉しいが、遠慮させてもらうよ。もう何も失いたくないからな」
 何もしなければ何かを失うこともないと、大澤は考えていた。
 そして三井は、それ以上にかける言葉を失ってしまった。

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