魔女の食卓 2
「いえ、あの…大丈夫ですから…」
川島美千子はバッグを開け、中から白いハンカチを取りだし、顔を拭き始めた。
その様子を見ながら、大西麗子は泥水でシミだらけになった彼女のスーツを値踏みしていた。
そして、バッグから財布を取りだし一万円札を五枚抜き出すと、彼女の前に差し出した。「これで新しい洋服を買ってちょうだい」
「本当に大丈夫です。お金は結構ですから」「素直に受け取ってよ。それで済むんだから」
そうよ、そのスーツは三万円もしない安物よ。五万円なら文句はないはずだわ。
さぁ、さっさと受け取って、おしまいにしましょう。
私はあなたと違って忙しいのよ。
だいたいこんな雨の日に、道の端っこをボーっと歩いていたあなただって悪いんじゃないの。
ほら、早く取りなさいよ。
大西麗子はイライラしながらそう思っていた。
しかし、川島美千子はお金を受け取らなかった。
「あの、気にしないでください。洗濯すればいいんですから…」
そのはっきりしない態度と、言葉の端々に感じられるトロさが、大西麗子には我慢できなかった。
「洗濯?そんな安物のスーツを洗濯するの?ずいぶんヒマな人もいるのね」
そう吐き捨てるように言うと、大西麗子はお金をバッグにしまい、さっさと車に戻ってしまった。
そして、轟音とともに走り去る赤いスポーツ・カーを川島美千子はただ見ていた。
雨の中で一人。
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