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魔女の食卓 7

[381]  矢口 沙緒  2009-11-15投稿


翌日、午後三時。
デスクで書類に目を通している石崎武志のそばに、手にトレーを持った川島美千子が近付いてきた。
「あの、石崎部長。
コーヒーが入りました。」
「ありがとう、そこに置いといてくれ」
石崎武志は書類から顔を上げずに答えた。
「それから、ひとつですけど、よろしかったらクッキーも…」
「ああ、いただくよ」そう答えながらも、彼の目は書類から離れなかった。
川島美千子はデスクに置いたコーヒーカップの横に四角い紙を置き、そのうえに小さな茶色いクッキーを乗せて、その場を立ち去った。
そのクッキーはどこにでもありそうな、ごく普通のクッキーに見えた。
川島美千子は自分の机に戻り、いつもの様に電卓をカチャカチャと叩き始めた。
彼女の仕事は、書類に計算上のミスがないかを確認する作業であり、誰にでも出来る単純作業といえた。
「川島君」
そう後ろから声をかけられて振り向くと、石崎武志が立っていた。「川島君、ちょっと聞きたいんだけど」
「はい?」
「いや、仕事の事じゃないんだ。
実はさっきのクッキーなんだけどね。
あれ、どこで買ったか教えてほしいんだ」
「あのクッキーですか?」
「そう、あのクッキーだ。
僕はケーキやお菓子はあまり食べないんだが、クッキーだけは好きでね。
だけどあんなクッキーは初めてだ。
あんなに美味しいクッキーは食べた事がないな。
どこの店で買ったか、教えてくれないかな」川島美千子はちょっと困った顔をして答えた。
「あれ、買ったんじゃなくて、私が作ったんです」
「君が…」
「ええ、時々趣味で作るんです。
部長さんがクッキーがお好きだって聞いたので、ひとつ持ってきてみたんですけど…でも、お口に合ってよかった」
「そうか、買えるわけじゃないのか」
石崎武志は本当にがっかりした声で言った。それほど、あのクッキーの味は彼を魅了していた。
すぐにでも手に入ると思っていた物が、実は手の届かない所にあったと分かった落胆は、彼を打ちのめした。
そしてそうなると、余計にそれが欲しくなった。
「ここにはもうないのかい?」
「ええ、ここにはもう…でも」
「でも?」
「家にはまだ少しありますけど…」
「そうか、家にか…
川島君、厚かましいお願いかもしれないけど、もし出来たら明日持ってきてくれないかなぁ、あのクッキー」

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