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魔女の食卓 14

[387]  矢口 沙緒  2009-11-16投稿


「この店の…」
「ええ、そうです。
私が物心付いた時には、もう父はなく、母はこの店を一人でやっていました。
以来、私は母と二人でここで暮らしていました。
ほら、その棚にたくさんのスパイスが並んでるでしょ。
そこには世界中のスパイスがあります。
店の裏には小さなハーブ園もあるんですよ。
少しずつですが、百種類以上の香草を栽培しています。
母はスパイスとハーブの使い方がとても上手で、それがこの店の自慢でもあり、『サマンサ・キッチン』の味だったの。
私も高校を卒業するとすぐ、店を手伝い始めて、その時に母にいろいろ教わったわ。
スパイスの調合の仕方、ハーブの使い方。
それは無限に近い組み合わせがあり、まるでパズルか科学の実験のようで…
でも、それはとても楽しくって、私と母は、毎日毎日いろいろな組み合わせを試して…
それは今では、母とのとてもいい思い出。
でも母は三年前に病気で…
うちのお客様は私に店を続けろって言ってくれたんだけど、でも、私は母と違って客商売にはあまり向いてなくって。
だから今の会社に務めたの」
「じゃ、今君はここに一人で」
「ええ、もうずっと一人で。
あら、よろしかったらこのカレーも召し上がります?」
そう言って川島美千子は自分の前のカレーを指し示した。
「いいのかい?」
「ええ、どうぞ」
石崎武志は彼女から皿を受け取った。
実は、彼は彼女の前に手付かずで置かれていたカレーが、さっきからずっと気になっていたのだった。
彼が再びカレーを食べ始めるのを見て、彼女はさらに話を続けた。
「この店と、あのスパイスもハーブ園も、私にとっては大事な母の形見なんです。
だから今でもハーブ達に水をあげ、お店も掃除し続けています。
いつか、きっと大事なお客様が来てくれそうな気がしていたから。
それが今夜だったんです」
「僕が…」
「そうです。
あなたはもう『サマンサ・キッチン』のお客様です」
彼女はそこまで言うと立ち上がり、厨房の中に消えていった。
そして戻ってきた時には、小さな紙袋を手にしていた。
「はい、クッキーです。
今はこれしかなくって」
そう言って彼に手渡した。
その重さからして、多分クッキーは十個前後だと思われた。
「でも、また作っておきます。
きっと必要になるから」
「ああ、ぜひ頼むよ」

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