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魔女の食卓 16

[381]  矢口 沙緒  2009-11-17投稿


彼は昼食の時間をいっぱいまで使って、残りのクッキーをゆっくりと堪能した。
そして、それを食べ終えた時、彼はとても満たされた思いだった。
満腹感ではない。
気持ちが満たされたのだ。
大きく深呼吸をする。
口の中の残り香が淡い余韻となって心地よかった。
彼は空になった紙袋を丸めて、ポイとゴミ箱に投げ入れた。
そのとたん、満たされたはずの気持ちが、急に不安になった。
クッキーはもうない。
川島美千子からもらったクッキーは、もうないのだ。
彼女のデスクを見る。
勿論、彼女はいない。
それを確認した事が、彼をいっそう不安にした。
彼女は来週の月曜日まで出社しない。
「仕方ないか…」
彼はそう口にすると仕事に戻った。
しかし、二時間たち三時間たちするうちに、彼の不安はますます大きくなり、落ち着かなくなってきた。
クッキーはもうない。
あのカレーは食べられない。
川島美千子はいない。
そんな事ばかりが気になって、ちっとも仕事に身が入らない。
何故これほどまでに気持ちを振り回されるのか。
彼にも分からなかった。
しかし、その事を忘れて仕事に打ち込もうとしても、気が付くと、また思考はそこにたどり着いていた。
石崎武志はいつの間にか、何かに魅入られ始めていたのだ。
五時を過ぎた頃には、すでに彼は自分を制御できないでいた。
周りの目を気にするようにして、川島美千子の自宅の電話番号を調べた。
社内で電話するのはまずいと思い、社外に出て、携帯を開いた。
彼女は休暇中どこにも行かないと言っていた。
それが一縷の望みだった。
彼は祈るように携帯を耳にあてた。
四回目のコールの後、電話は繋がった。
「はい川島です」
それはまさしく川島美千子の声だった。
「あっ、よかった!川島君だね。
石崎だ。昨夜は済まなかったね。
あの、実は仕事のことで電話したんじゃないんだ。
えっと、なんだか言いづらいんだが…」
「今夜の夕食の事ですか。
ちゃんと用意してありますけど」
川島美千子はあっさりと言った。
「えっ?夕食を…」
「はい。
きっとまたお見えになると思って。
いらっしゃるんでしょ、今夜も」
石崎武志はゴクリと唾を呑み込んだ。
それは彼にとって夢の誘いだった。
「いいのかな、また伺っちゃって。
迷惑じゃ…」
「迷惑だなんて。
部長がいらっしゃるのを待っているんです、私」

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