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魔女の食卓 19

[371]  矢口 沙緒  2009-11-20投稿


ほとんど携帯の電源を切っているのだ。
やっと土曜日の朝に連絡がついたと思ったら、返ってきた返事は素っ気ないものだった。
その時の第一声も気に入らなかった。
『なんだ、君か』
いったい、どういう事なのよ!
彼にあまりにも軽く扱われたその一言が腹立たしかった。
私があなたに惚れてるんじゃない。
あなたが私に夢中なのよ。
それは彼女にとって、とても重要な認識だった。
学生の頃から、彼女に言い寄ってくる男は後を断たなかった。
その男達の中から、最も理想に近い男を選んだ。
それが石崎武志だった。
ただそれだけの事だった。
だから二人の立場は同等ではなく、自分の方が上だと思っている。
あの人が私を必要としている。
あの人が私を愛している。
あの人が私に夢中なの。
何故なら、自分よりも優れた女はいないからだ。
誰よりも賢く、誰よりも美しく、そして、それに見合う家柄も財産もあるからだ。
その自信が、さらに彼女の美しさに拍車をかけていた。
だが、その絶対的自信に小さな傷がつけられた。
今までは、そんな事はなかった。
いつも彼と会うたびに、彼女は自分が優位に立っている事を、いつも再認識していた。
しかし、あの時の電話での返答は違っていた。
何か素っ気なく、むしろ連絡を取った事を迷惑がっているようであった。
その彼の態度が、彼女のプライドに小さな引っ掻き傷を残した。
小さな引っ掻き傷ではあるが、その傷からは確かに、一筋の赤い血が流れ落ちたようだった。



大西麗子は平静という仮面を被って一日の仕事を終えると、車で石崎武志のいる支社に向かった。
相変わらず携帯の電源はオフのままだったからだ。
彼女は石崎武志のいる三階の営業部に行くためにエレベーターに乗った。
左腕のオメガの腕時計をチラッと見る。
彼女はロレックスのコンビも所有しているが、ロレックスはなんか俗っぽい気がして、行動的に見えるこのオメガを愛用している。
時計は六時を少し回ったところだ。
通常ならこの時間に、石崎武志が会社にいない事は考えられなかった。
エレベーターが三階に着き、ゆっくりとドアが開いた。
そこにエレベーター待ちの一人の女性が立っていた。
川島美千子であった。
彼女は大西麗子にすぐに気が付くと、目を伏せ軽く会釈してからエレベーターに乗り込んだ。

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