魔女の食卓 20
川島美千子と入れ違いにエレベーターを降りた大西麗子は、すれ違いざまに彼女の事をちょっと横目で見ただけだった。
営業部のドアを開けると、すでに半数以上の社員は退社した後らしく、ガランとした印象だった。
その一番奥のデスクに石崎武志はいた。
立ち上がり、鞄に書類を詰めている。
今まさに帰途につく直前という感じだった。
「武志さん」
大西麗子が近付きながら声をかけると、彼はビックリしたように振り向いた。
「ああ、君か。どうしたんだい急に」
「今日は仕事が早めに終わったから、もし武志さんさえよかったら食事に行こうと思って連絡したんだけど、武志さん携帯オフにしてあるでしょ、ここ数日。
だから来ちゃったの」
「あっ、そうか。それは悪かったね。
最近変な電話が多くて、それで切っておいたんだ」
「あら、そうなの。
それで安心したわ。
私、てっきり武志さんに嫌われたのかと思って」
そう言って大西麗子はいたずらっぽい目をして石崎武志を見た。
「いやいや、そんなんじゃないよ」
石崎武志は慌てて手を振りながら否定した。
大西麗子は彼のその様子を見て、心の中でニヤリと笑った。
そうよ、私が嫌われるわけないわよ。
だって、あなたは私に夢中なんですもの。
それを確認したかったのよ。
あなたが私に夢中なの。
そして、私がわざわざここまで足を運んで来たからには、あなたは私と食事に行くのよ。
そうでしょ、武志さん。
「ねぇ、もう仕事終わったんでしょ。
今夜は何を食べようかしら。
イタリアンもいいけど、たまには和食もいいわよね」
「悪いけど今夜はだめだ。
まだ仕事が残ってるんだよ。
これから接待に付き合わなくっちゃいけないんだ」
そう言って時計を見てから鞄をつかんだ。
「先方がもう待ってるんだ。
急いで行かなくっちゃ。
また今度ゆっくりと…」
彼は一度そこで言葉を切り、瞬間次に続く言葉を探しているようだった。
「また今度ゆっくりと…どこかへ行こう」
そう言い残して、急ぎ足で部屋を出てしまった。
「もう、馬鹿!何が
『どこかへ行こう』よ!
普通は
『食事に行こう』でしょ」
大西麗子はすっかりむくれて口走った。
しかし、彼女は彼を追おうとはしなかった。
それは
『あなたが私に夢中』の法則に反する行為だからだ。
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