魔女の食卓 25
この夜、自分がどんな窮地に追い込まれ、そして彼女の助言がどんな意味を持ってくるのか。
この時の彼には、予想すらできなかった。
薄暗い静寂に満たされた地下駐車場の中を、石崎武志は歩いていた。
自分の足音だけがコツコツと響いた。
いくらかワインを口にはしたが、酔うほどは飲まなかった。
それに酔えるような状況でもなかった。
時計を見た。
すでに九時を大きく回っていたが、彼はためらう事なく川島美千子の家に携帯で電話をかけた。
三回目のコールの後で、電話は繋がった。
「はい、もしもし川島です」
「あっ、僕だ、石崎だ。
これから行ってもいいかな。
ちょっと遅いけど」
「ええ、私は構いませんけど。
それで、どうでしたフランス料理?」
「それが、実はほとんど食べてないんだ。
と言うより食べられなかった。
とにかく、そっちに行って話すよ。
なんか食べる物あるかな?」
「本当言うと、今夜も来てくれると思って、用意して待っていました」
「よかった、すぐ行くよ」
石崎武志は電話を切ると、自分の車に乗り込んだ。
川島美千子の家に到着した時には、もう十一時を過ぎていた。
石崎武志は昼食以外ほとんど何も食べていなかったので、彼女の家の明かりが見えた時にはホッとする思いだった。
彼の車の音を聞き付けてか、川島美千子が家のドアを開けて立っていた。
その横にはシャーベットが座っている。
この二週間あまりで、シャーベットはすっかり石崎武志になついてしまっていた。
「遅くに済まない」
「そんな事はいいんです。
どうぞ、中に入って」
石崎武志が入ると、彼がいつも座るテーブルにスプーンが用意してあった。
「実は今夜は…」
「分かっています。
何も食べてないんでしょ。
すごくお腹がすいてるんでしょ。
だから手軽に食べられる物をと思って。
ちょっと待ってて」
そう言って早足で厨房に消えると、すぐに皿を持って出てきた。
彼の前に置かれた皿の上には、黄色いライスが乗っていて、その上に焦げ茶色の、具のたっぷり入ったとろみのあるソースがかけられていた。
「ビーフ・ストロガノフとサフランライスよ。
これならカレー感覚で食べられるでしょ」
そう言って、彼と向かい合うように座った。
彼女の隣の椅子にシャーベットも座って、その青いクリクリとした目で石崎武志を見ている。
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