魔女の食卓 26
ひどく空腹だった石崎武志は、カレーのような物をサクサクと食べたいと思っていた。
そんな彼の思いをすべて承知の上で、彼女はさらに一捻りした物を用意していた。
彼はスプーンを手に取ると、ライスとソースをスプーン一杯分だけ混ぜ、それをすくい取って口に運んだ。
サフラン独特の香りとバターの風味、それに甘めのブラウン・ソースが絡まって、絶妙のバランスを作り上げている。
彼は無我夢中でそれを食べ始めた。
さっきのフランス料理店で起こった事が嘘のようだった。
「よほどお腹がすいていたのね」
彼の食べっぷりを見て、川島美千子が言った。
「うん、まぁね」
そう言って最後の一匙を口に運ぶと、彼はスプーンを置き、大きなため息をついた。
「ああ、うまかった!
毎日言っているようだが、本当に君の作る物は素晴らしい。
僕はいつも君の作る料理に、過大の期待をしている。
それなのに君は、その期待をも遥かに上回る料理を作る。
物を食べる事が、これほど楽しいとは…
だけど、なんだか悪いね。
毎晩君に料理を作らせて、しかも弁当まで」
「いいえ、いいんです。
だって私は、自分が作った料理をあなたが食べてくれるところを見ているのが、大好きなんですから。
あなたが一口食べるたびに、私自身が一口食べられてるような気がする。
あなたが食べれば食べるほど、私はあなたに食べられていく。
そんな気がするんです。
あなたは男性だから分からないかもしれないけど、これって女性にとってはとても幸せなんです。
あなたが私の料理を食べて喜んでくれれば、それは同時に私の喜びでもあるの」
そこまで言うと立ち上がり、再び厨房に入っていった。
そして、コーヒーを持って出てきた。
「それで、今夜はどうでしたの?」
コーヒーを彼の前に置きながら聞いた。
「それが、藤本専務が自慢するだけあって立派な店だったよ。
照明もほどよく、雰囲気も落ち着いていて、ウェイターやソムリエもとても紳士で。
テーブルも椅子も、いや店の中にあるすべての物に高級感があって、なかなかあそこまで演出されな店はないだろうな。
僕がその事を専務に言うと、専務は鼻高々で…
そこまではよかったんだけど…」
そう言ってコーヒーを一口飲むと、話の先を続けた。
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