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魔女の食卓 34

[383]  矢口 沙緒  2009-11-22投稿


ひとつの料理には、唯一の正解がひとつだけあり、あとの物は意味のない間違った不正解でしかない。
この店では、そのたったひとつの正解を食べさせてくれるんだ』
そう彼は言ったよ。
わしには極論としか思えなかった。
そんな事があり得ようはずかない。
育った国や地域が違えば食習慣も違う。
当然、味の好みも違ってくる。
親しみやすい味、なじみにくい味。
年齢によっても、あるいは男女によっても好みは別れる。
甘党もいれば、辛党もいる。
あっさりした物がすきな人もいれば、油っこい物を好む人もいる。
味の好みは人間の数と同じだけあって、だからそれに対応すべく、千差万別の味がある。
そのすべての人間を同時に満足させる唯一の料理なんか、存在するはずがない。
わしは単なる彼の思い込みだと思っていた。
もし、そんな料理を作れる料理人がいるとしたら、それは神に仕える料理人だからだ。
その店の名前を聞くと
『サマンサ・キッチン』
と答えた。
わしがこの名前を聞いたのは、この一度きりだ。
わしは電話帳やインターネットで調べてみたが、
『サマンサ・キッチン』
の所在はどうしても分からなかった。
その後、彼とはしばらく会えなくってね。
三年ほど前に、偶然道で出会ったんだが、びっくりしたよ。
あれほど堂々とした風貌の男が、見る影もなく痩せ細って、目付きもおどおどして、夢遊病者のような足取りで歩いていたんだ。
わしが声をかけると
『ああ、お前か』
って、ちからなく答えたよ。
『どうしたんだ、病気か?』
とわしが聞くと
『あのレストランが閉店したんだ』
と言う。
そしてさらにこう言った
『あのレストランの料理は、口にしてはいけない禁断の料理だったんだよ。
あれは、料理という名の麻薬だ』
と、そう言い残して、またフラフラと歩いて行ってしまったよ」

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