魔女の食卓 41
自分も止まるべきか、それとも行き過ぎるのか。
しかし、それを選択する間もなく、路地から一人の女性が小走りに出てきて、滑るように彼の車のサイドシートに乗り込んだ。
それは一瞬の出来事だった。
街灯から外れた暗い場所でもあった。
だから外見を細かく判別する事はできなかった。
しかし、大西麗子は見た。
それは確かに女だった。
その女は慣れた動作で石崎武志の隣の席に座り、バタンとドアを閉めた。
そして、すぐに彼の車は走り出した。
ほかの可能性も有り得ると、大西麗子はわずかな期待も持っていた。
だが今、目の前で演じられた事実が、すべての可能性を消し去った。
石崎武志には女がいた。
そして彼が、自分よりもその女に比重を置いている事も確かだった。
ハンドルを持つ手に力が入った。
自然と下唇を噛んでいた。
そしてそのあと、彼女自身予想もしなかった事が起こった。
涙が溢れてきたのだ。
くやしいから…?
違う!
悲しいから…?
違う!
この想いは…?
今、初めて彼女は自分の気持ちに素直になれた。
ただひとえに、彼を失いたくない。
それだけだった。
石崎武志の車を追い始めてから、すでに二時間近くが経っていた。
いったい、どこまでいくのか?
いつの間に山道に入っていた。
今走っているのは、周りを木で囲まれた一本道で、交通量もほとんどなく、彼との間に車を挟む事は、もはや不可能だった。
当然、尾行に気付かれないために、かなりの車間距離を取る事になる。
遥か前方に、石崎武志の車の、赤いテールランプが見える。
そのテールランプも、カーブや道のアップダウンによっては、一瞬見失う事もある。
しかし、それ以上近づくのは危険と判断し、彼女はその車間距離を守った。
また石崎武志の車のテールランプが、彼女の視界から消えた。
彼女は少しスピードを上げて、テールランプの見える位置まで接近しようと試みた。
しかし、いくらスピードを上げても、テールランプは見えてこない。
彼女は不安になった。
どこかに別れ道があったのか。
街灯の少ない、暗い山道なので、小さな別れ道なら見逃したという事も考えられる。
彼女は意を決し、Uターンをして道を戻り始めた。
ヘッドライトを頼りに、スピードを落として、注意深く別れ道の存在を探した。
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