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ベースボール・ラプソディ No.8

[571]  水無月密  2009-11-26投稿
「随分と長い相談だったな」
 ようやく守備についた哲哉に、大澤はおもむろに語りかけた。
「それだけの価値がある相手ですからね」
「その割には、内野の守りが二人しかいないじゃないか」
 二塁手が一塁手を、遊撃手が三塁手の守備をカバーする変則守備を目にし、少し皮肉って大澤は笑みをうかべた。
「あいにくと、部員が七人しかいないものですからね。大澤さんには外野を重視した方が、得策だと思ったんですよ。
 それより、そろそろ始めましょうか」
「ああ」
 短く答えた大澤が左打席で構えると、彼の鋭い視線が八雲を貫いた。
 その眼光にブランクは存在せず、グランド内の隅々にまで緊張の糸を張り巡らしていた。


 生徒達の声がこだまする学園内で、野球部のグランドだけが時間の流れを停めていた。
 呼吸すら忘れてしまいそうなプレッシャーの中、サインの確認を終えた八雲がおもむろに振りかぶる。
 すると、時は呪縛から解き放たれ、ゆっくりとその流れを取り戻した。
 その直後、哲哉のミットを貫く爆音がグランドに鳴り響いた。

 内角低めにコントロールされたその直球は、ストライクゾーンの境界線を通過していた。
「……今のはストライクでいいですか?」
 上目遣いで大澤を見る哲哉は、微妙なコースだっただけに、一応の確認をとった。
「構わんさ」
 短く答えた大澤は、コースの判定よりも別のところに興味を示していた。

 右オーバースローの綺麗なフォームから放たれた直球を、食い入るように観察した大澤は、分析結果に満足して笑みをもらしていた。
「中々の球速だし、なによりも制球力がいいようだな。結構楽しませてくれそうだな」

 そして二球目、八雲が振りかぶるのに合わせて身構える大澤。
 初球とは逆の、アウトコース低めに要求した哲哉。その構えたミットに寸分違わず八雲が投げ込むと、鋭く踏み込んでバットを繰り出す大澤。
 鈍い金属音の直後、哲哉の背後でバックネットが大きく揺れた。

 大澤のバットはボールを捕らえたものの、わずかに芯を外して球威に押し負けしていた。
「……いい球威だっ!」
 大澤の目つきが変わった。
 手に残る感触を噛み締める大澤は、歓喜の念をこめてそう囁いていた。

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