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流狼−時の彷徨い人−No.31

[430]  水無月密  2009-12-17投稿
 南雲はそれを面白いと受け取り、挑発にのった。
 半次郎はこちらが突くよりも早く一撃をみまうつもりなのだろうが、甘い考えだと南雲は判断していた。
 たとえ先に一撃いれたとしても、突きの勢いを殺せなければ相打ちに終わるだけであり、信玄護衛が目的の南雲にとって、相打ちは勝ちに等しい結果なのである。
 そして、なにより彼はこの構えからの突きに、絶対の自信を持っていた。

 一蹴りのもと、半次郎の間合いに飛び込んだ南雲は、会心の一撃をはなった。
 そしてこの攻撃を迎え撃つ半次郎の刀は、明らかに出遅れていた。
 ようやく刀が振り下ろされた時、南雲の突きは半次郎の喉元を穿とうとしていた。

 次の瞬間、半次郎は振り下ろした刀から右手を離して体勢を半身にひらき、首を捻って突きをかわした。
 彼には南雲がはなった光速の突きの軌道が、はっきりと見えていたのだ。
 それは張り巡らしていた気が切っ先と触れた瞬間、その性質を読み取ることでなしえる、彼が駆使する静の気の特性を生かした、見事な戦術である。

 切り札をかわされた南雲に、もはや打つ手はなかった。
 左手一本で放たれた一撃に兜を強打された南雲は、脳震盪を起こしてその場に崩れ落ちた。


 難敵を打ち倒した半次郎は、これから始まる辛い闘いに奥歯を噛み締めていた。
 信じる義のため、信玄を切ると決意した半次郎だが、平然と肉親を斬殺できるほど、彼の心は強くはなかった。

 信玄に歩み寄る半次郎は、その一歩一歩が酷く重たく感じていた。
 その半次郎に雑兵達が立ち向かってくるが、もはや彼にとって戦闘行為は虚しく、苦痛でしかなくなっていた。

「皆下がれっ、南雲がかなわなかった相手にお前達が挑んだところで、無駄に命を落とすだけだ」
 雑兵達は一様に驚き、信玄に注目した。
 彼は床机に腰を据え、半次郎を凝視していた。
「そやつの標的はわしだけだ。目的を果たせば、それ以上の殺生はすまい。
 お前達は生きながらえて、次の武田を支えよ」
 信玄はすでに覚悟を決めていた。
 その信玄に歩み寄る半次郎は、心の中で問い掛けていた。
 配下の者や領民達にむけるその優しさを、何故自分にはむけてくれなかったのかと。

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