人斬りの花 32
7-1 心路つ
長い夜が明けた。
抄司郎は朝の光で目を覚ました。
隣には椿がまだ小さな寝息をたてている。
椿を起こさぬようにそっと起き上がり,着物を身にまとった。
― 夢ばかり見ていられない。
抄司郎にはやらねばならないことがあった。
師匠が死んだあの日,
武部の手下がこの場所を知る筈がなかった。
つまり,
場所を知る者が裏切り密告した事になる。
何かの間違いであって欲しいと,
抄司郎は願わずにはいられなかった。
『‥抄司郎さん,』
今,最も愛おしい声が自分の名を呼んだ。
物音に気づき目を覚ましてしまったようだ。
『出掛けるのですか。』
抄司郎は椿に背を向けたまま答えた。
『はい,帰りは遅くなるかもしれません。』
椿は聞くなり布団から飛び出し,
『待って!!』
と,抄司郎の背に抱きついた。
『出掛ける前に聞いて下さい。』
抄司郎の背に顔をうずめながら椿は言った。
『私の幸せはあなたなんです。だから,私なんかの為に,命を粗末にしないで下さいね。』
いくら腕のたつ抄司郎でも,死とは常に隣合わせである。
それに抄司郎は椿を,自らの命にかえてでも武部の手下から守り通さねばならないと思っていた。
椿にはそれがお見通しのようだ。
≠≠続く≠≠
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