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スラム part78

[464]  やいち  2009-12-31投稿
「すごい。」
椿にはその言葉しか出てこなかった。
柔道のことをよく知らない椿でもいまさっきの修二の状況がまずかったのはわかった。
まわりの人の声がさっきからよく耳に入る。
「おいおい、翔星の市瀬相手にあの選手くらいついてんぞ。」
その市瀬という選手が椿にはすぐに修二の相手だとわかった。
にぎわう場内に響いた関西弁。
それからすぐに修二が技を外した。
きっと修二の知り合いなんだろう。
再び定位置に戻った修二の目は集中し、ただこの試合のことしか見えていないような、そんな目だった。
睨んでいる、それに近いのかもしれない。

あっ、あの時と同じ目。

椿が関西から今の町に引っ越してきて少したった頃、新しくできた友達が好きな男子がその日椿の中学で開催されていた柔道の地区内の新人大会に出ているため、一緒に見に連れていかされた時のことだ。
その男子の試合のあと、椿の中学から出てきた選手は1つ上の背の高い、体の大きな、学校でケンカが強いと有名な人だった。
対する相手校の選手は見るからに椿と同学年であろう少年だった。
こんなの試合をする前から決まってるみたいなもんやんか。
椿はそう思いながらその試合を見て、驚いた。   少年はその先輩相手に互角と言っていいくらいくらいついていた。
試合が止まるたびに定位置に戻る彼の目は自分より上の相手に立ち向かっている獣のような鋭さを持っていた。

やっぱり修二くんやったんや。
高校に入って2年に同じクラスになったとき、少し似ていると思った。
でも今それを椿は確信した。
修二くんはまた自分より上の人に挑んでるんや。
椿をそう思った時、声に出さずにはいられなくなった。
「修二くーん!!頑張れー!!」ギャラリー席の最前列まで来て叫んでしまった。
回りの視線がこちらに向いている。
恥ずかしさで顔が紅潮していくのがわかった。
恥ずかしさで心臓が爆発しそうだったが椿は最前列から元の席に戻ることなく試合を見守った。
あの関西弁の人ほど大きな声ではなかった自分の声はきっと修二には聞こえていないだろう。
ただ、それでもいいから言葉に出して言いたかった。椿はその思いが心に巡るのを感じながら試合を見守った。

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