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流狼−時の彷徨い人−No.37

[466]  水無月密  2010-01-27投稿
 身も心も疲れはてた半次郎の姿は、心の拠り所である後藤半次郎が眠る地にあった。
 己の不甲斐なさを詫びるため、この地に脚を運んだ彼は佇んで墓標を見つめていた。

「死なずにはすんだようだが、随分と塞ぎ込んでいるようだな」
 不意に話しかけられ、振り返る半次郎。
 声の主はノアだった。
「何だ、また泣いていたのか?
 腕は達つようにはなったが、泣き虫なのは変わらぬままか」
 真っ赤に充血した半次郎の目に、彼女はそう語りかけた。

 ノアがなぜここにいるのか、それを疑問に感じる思考力すら、今の半次郎にはなかった。
 力無くノアを見つめる彼は、不甲斐ない自分をただ情けなく思うばかりだった。

「…謀は上手くいかなかったか」
 ノアの声は、暖かかった。
 それは初めて出会った時の、氷のような印象からは遠く掛け離れたものだったが、彼女自身が半次郎を、もはや無関係な存在だとは感じていないのだろう。

 その言葉に促され、半次郎は川中島での出来事を語りだした。
「……私は無力でした。武田と上杉の争いだけではなく、乱世そのものを終わらせたくて両家の同盟を試みたが適わず、結局は多くの人命を無駄に失わせてしまいました」
 半次郎は自分の存在意義を見失っていた。
 今の自分が後藤半次郎の犠牲の上にある以上、彼が望んでいた戦のない世を実現することが、己の使命だと考えていた。
 だが今は、自分にそれだけの力はないのだと、疑心暗鬼に落ち込んでいた。

「あの男ですら、お前一人を護るのにその命を代価としなければならなかったのだ。未熟なお前に護れるものなど、たかが知れている。
 目に映るもの全てを護りたいと思うなら、何事にも屈しない強い力と心を身につけるのだな」
 ノアの言葉に、半次郎の表情が俄かに変わった。
「修練を積めば、私にも戦乱を治めるほどの力が得られるのでしょうか?」
 半次郎の問いに、ノアは静かに笑みをうかべた。
「可能性はあるな」

 半次郎の心に、微かな光が差し込んだ。
 その光の先にたどり着く方法をノアに見いだすと、彼は形振り構わずに行動を起こした。
「ノア殿、身勝手を承知でお願いします。私を鍛え直してはいただけませんか。
 貴女の瞳の奥には、私にはない強さを感じる。それは、今の私に必要な力なのです」

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