子供のセカイ。142
美香は斬られた耳を手で押さえた。ずくん、と鈍い痛みが走り、指先が血で濡れる。
それから、不安げに眉を寄せ、耕太の背中を見上げた。
耕太は肩で大きく息をついていた。まだ眠ってからそれほど時間が経っていないため、体力の消耗も完全には回復していないはずだった。それで即座に二本の剣を想像し、女に応戦したのだから大したものだ。剣は恐らく、“生け贄の祭壇”にいた時に近くの森で集めておいた小枝を使って想像したのだろう。ポケットに忍ばせたそれを、「秘密兵器だ」と楽しそうに笑って話していた姿を思い出し、美香は胸が苦しくなった。――できれば耕太自身が剣で戦うような事態は、避けて通りたかった。
耕太は振り向かずに、声だけで美香に尋ねた。
「美香、大丈夫か!?怪我は?」
「平気よ……少しかすっただけ。」
本当はさっきから血が止まらなくて内心焦っていたが、そんなことはおくびにも出さずに美香は答えた。今はそれどころではない。敵はまだすぐそこにいて、首をかしげたままこちらの様子を窺っているのだ。
耕太はなんとか呼吸を落ち着けると、ぎっと歯を食いしばって機械のような女を睨んだ。いきなりの事態に、頭がついていっていないのも事実だ。美香が起こしてくれなかったら、と考えると、恐ろしさのあまりぞっと鳥肌が立つ。叩かれた頬が熱を持ち、それなりに痛かったが、それさえも眠気を醒ましてくれるものだと考えると不思議に有り難く思えた。
自分が戦場に立っていることを意識した途端、剣を持つ手がカタカタと震え出した。動悸の収まらない心臓を懸命に叱咤しながら、耕太は臆病な自分に心の中で舌打ちした。
(落ち着け……大丈夫だ。師匠に教わった通りにやればいい。)
今思えば、何の躊躇いもなく、真っ直ぐに覇王に斬りかかっていった“真セカイ”にいた頃の自分が懐かしい。多少なりとも剣を知ってしまった今となっては、あんな怖いもの知らずの動きをすることなど到底できなかった。だいたい、今は守るべき人がいる。後ろには勇敢だが、最早何の力も持たない幼馴染みの少女が、蒼白な顔でソファーに座り込んでいる。人一人の命を預かっているのだと感じた時、妙なリアルさに寒気がした。重い、なんて重いんだ……。耕太は人の命の重さに潰されそうになりながら、なんとか両足を踏ん張ってそこに立っていた。
それから、不安げに眉を寄せ、耕太の背中を見上げた。
耕太は肩で大きく息をついていた。まだ眠ってからそれほど時間が経っていないため、体力の消耗も完全には回復していないはずだった。それで即座に二本の剣を想像し、女に応戦したのだから大したものだ。剣は恐らく、“生け贄の祭壇”にいた時に近くの森で集めておいた小枝を使って想像したのだろう。ポケットに忍ばせたそれを、「秘密兵器だ」と楽しそうに笑って話していた姿を思い出し、美香は胸が苦しくなった。――できれば耕太自身が剣で戦うような事態は、避けて通りたかった。
耕太は振り向かずに、声だけで美香に尋ねた。
「美香、大丈夫か!?怪我は?」
「平気よ……少しかすっただけ。」
本当はさっきから血が止まらなくて内心焦っていたが、そんなことはおくびにも出さずに美香は答えた。今はそれどころではない。敵はまだすぐそこにいて、首をかしげたままこちらの様子を窺っているのだ。
耕太はなんとか呼吸を落ち着けると、ぎっと歯を食いしばって機械のような女を睨んだ。いきなりの事態に、頭がついていっていないのも事実だ。美香が起こしてくれなかったら、と考えると、恐ろしさのあまりぞっと鳥肌が立つ。叩かれた頬が熱を持ち、それなりに痛かったが、それさえも眠気を醒ましてくれるものだと考えると不思議に有り難く思えた。
自分が戦場に立っていることを意識した途端、剣を持つ手がカタカタと震え出した。動悸の収まらない心臓を懸命に叱咤しながら、耕太は臆病な自分に心の中で舌打ちした。
(落ち着け……大丈夫だ。師匠に教わった通りにやればいい。)
今思えば、何の躊躇いもなく、真っ直ぐに覇王に斬りかかっていった“真セカイ”にいた頃の自分が懐かしい。多少なりとも剣を知ってしまった今となっては、あんな怖いもの知らずの動きをすることなど到底できなかった。だいたい、今は守るべき人がいる。後ろには勇敢だが、最早何の力も持たない幼馴染みの少女が、蒼白な顔でソファーに座り込んでいる。人一人の命を預かっているのだと感じた時、妙なリアルさに寒気がした。重い、なんて重いんだ……。耕太は人の命の重さに潰されそうになりながら、なんとか両足を踏ん張ってそこに立っていた。
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