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子供のセカイ。144

[383]  アンヌ  2010-02-12投稿
女は苦痛に歪む耕太の表情に興味を惹かれたのか、剣を振り上げて背中に突き刺そうとしていた動きを止め、しげしげと耕太の顔を覗き込んだ。
その殺那、だった。
ドス、と重い音がし、女の細い体がびくんと跳ねた。
「…あ……?」
小さく響いたのは、この場で初めて女が発した声だ。
わずかに体をくの字に折った女の、背中側の右腹部から、鋭い刃の切っ先が覗いている。
剣はしかし、明らかに急所を外していた。刀身を伝って滴る血が、ポタポタと床にわずかな染みを作った。
その剣は先程まで耕太が握り締めていたものだ。

這いつくばった耕太が見上げた先に、紙のように白い顔で、しかし確固たる決意の光を瞳に浮かべながら、剣の柄をぎゅっと掴んでいる美香の姿があった。
「美…、」
耕太が名を呼び終えるより速く、女は手刀で剣の刃を断ち割った。折れた剣を握り締め、驚いたように美香が後ずさると、女はそのまま一時退避するかと思いきや、床を蹴って正面から美香に斬りかかった。
降り下ろされた刃は、しかし美香の頭をかち割る寸前のところで止まる。
「……、」
耕太の剣が横から女の身体を突き刺していた。切っ先は心臓にまで達している。
女は血を吐いて、ゆっくりと膝を折った。その様子は先程までとは明らかに違い、無表情はさらに硬度を増して、今や無機物のようにその身体全体が沈黙していた。まるで心臓をやられたら停止する機械のようだった。女が床にうつ伏せに倒れると同時に、耕太は剣を抜き、返り血を払った。美香は微かに震えていたが、自分の足でしっかりとその場に踏みとどまっていた。
しばらく二人で闇の中に立ち尽くし、黙ったまま女の後頭部を眺めていた。
不意に耕太がぽつりと呟いた。
「……悪い。」
「……何で謝るのよ?」
「手を汚させた。」
「格好つけなくていいわ。このくらい、私は平気。」
それに耕太の方こそ、と不自然な笑みを向けてきた美香に、耕太はやり切れなくなって顔を歪めた。ジーナから話は聞いていた。美香が以前、ジーナの領域の砂漠で、どんな苦い思いをしたのか。王子を守り切れなかった悔しさと悲しみ、舞子という遠すぎる目標のために失わなければならないものの大きさを知り、美香は美香なりに答えを出したのだろう。――「傷つける覚悟」を固めたのだろう。

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