子供のセカイ。145
優しくて臆病な美香は、これまで、誰かを傷つけることを極端に怖がっていた。
特に相手が人間なら尚更だ。
だがそうやって逃げて、逃げて、うずくまった先には、代わりに敵の前に立ちはだかる仲間の姿がある。綺麗ごとを言って前へ進めない美香の代わりに手を汚し、そして傷つけたものに対する罪を、その恨みを背負って生きていかなくてはならないのだ。
(……そんなのは、嫌。)
だが、剣が肉を切り裂く感触には、やはりぞっとせずにはいられなかった。致命傷を狙うことさえできず、ただ、中途半端に女の足止めをしただけで、結局耕太にとどめをささせてしまった。
その時、美香はふと、先程見ていた夢のことを思い出した。
意識の中に、舞子の生意気な顔が浮かび上がった途端、心の中で重苦しい「何か」が、むくりと頭をもたげた。
(そうよ、そもそもの原因は――、)
最後まで思う直前で、美香はハッと気づいて息を呑んだ。いや、違う。美香はすぐにその考えを打ち消した。私は何を考えているの?そんな風に思ったことなんて一度もなかった。だが、一度気づいてしまったことは、なかなか頭の奥から離れてはくれない。
美香の胸の中心で、どろどろとした闇の塊が次々に吹き上がっては心を黒く染めていく。そのイメージに囚われないように、美香は必死で拳を握り締め、爪を手のひらに食い込ませた。
なんとか意識を反らそうと、美香は耕太の方を見てぎこちなく笑う。
「ごめんね、耕太。次は、もっと上手くやるから。」
呟いた美香の腕を、突然耕太は強くつかんだ。
「……?耕太?」
「無理は、すんな。」
それだけ言って手を離した耕太に、美香は内心で感謝した。
「ええ、わかってる。」
異様に強ばっている腕には、気づかれずに済んだようだ。
「あーあ、大事な枝が一本やられちまったなぁ。」
耕太はその場の空気を変えるように大げさな声で言うと、美香から折れた剣をもらい受けた。耕太が手に持つと、それはすぐにただの細い木の枝に戻る。しかも女に折られたためにとても短くなっていた。
「いいじゃない、一本くらい。どうせいっぱい持ってるんでしょ?」
「あと八本ある。」
「余裕でしょ、それなら……。」
ようやく雰囲気が落ち着いて、二人は少し笑い合った。しかし、美香は奇妙にざわつく心臓を必死に笑顔のベールで覆い隠していた。
特に相手が人間なら尚更だ。
だがそうやって逃げて、逃げて、うずくまった先には、代わりに敵の前に立ちはだかる仲間の姿がある。綺麗ごとを言って前へ進めない美香の代わりに手を汚し、そして傷つけたものに対する罪を、その恨みを背負って生きていかなくてはならないのだ。
(……そんなのは、嫌。)
だが、剣が肉を切り裂く感触には、やはりぞっとせずにはいられなかった。致命傷を狙うことさえできず、ただ、中途半端に女の足止めをしただけで、結局耕太にとどめをささせてしまった。
その時、美香はふと、先程見ていた夢のことを思い出した。
意識の中に、舞子の生意気な顔が浮かび上がった途端、心の中で重苦しい「何か」が、むくりと頭をもたげた。
(そうよ、そもそもの原因は――、)
最後まで思う直前で、美香はハッと気づいて息を呑んだ。いや、違う。美香はすぐにその考えを打ち消した。私は何を考えているの?そんな風に思ったことなんて一度もなかった。だが、一度気づいてしまったことは、なかなか頭の奥から離れてはくれない。
美香の胸の中心で、どろどろとした闇の塊が次々に吹き上がっては心を黒く染めていく。そのイメージに囚われないように、美香は必死で拳を握り締め、爪を手のひらに食い込ませた。
なんとか意識を反らそうと、美香は耕太の方を見てぎこちなく笑う。
「ごめんね、耕太。次は、もっと上手くやるから。」
呟いた美香の腕を、突然耕太は強くつかんだ。
「……?耕太?」
「無理は、すんな。」
それだけ言って手を離した耕太に、美香は内心で感謝した。
「ええ、わかってる。」
異様に強ばっている腕には、気づかれずに済んだようだ。
「あーあ、大事な枝が一本やられちまったなぁ。」
耕太はその場の空気を変えるように大げさな声で言うと、美香から折れた剣をもらい受けた。耕太が手に持つと、それはすぐにただの細い木の枝に戻る。しかも女に折られたためにとても短くなっていた。
「いいじゃない、一本くらい。どうせいっぱい持ってるんでしょ?」
「あと八本ある。」
「余裕でしょ、それなら……。」
ようやく雰囲気が落ち着いて、二人は少し笑い合った。しかし、美香は奇妙にざわつく心臓を必死に笑顔のベールで覆い隠していた。
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