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航宙機動部隊第四章・48

[995]  まっかつ改  2010-05-26投稿
『上皇』
回りのそれと比べれば一際大きめの容器に顔を向けながら、エタンは呟く様に呼び掛けた。
容器の中の脳髄は、当然ながら動きも震えもしない。
だが、
《何を迷う事がある》
脳波を介した思考解析機を通じ、この常夜の区画の至る所にあるであろう言語音声化装置の一つを伝って上皇と呼ばれた脳髄は語りかけて来た。
第三代皇帝テロン。
その即位以来雑多な宙賊連合に過ぎなかった統合宇宙軍を曲がりなりにも集権的な機構にまで育て上げ、オーガナイザー《組織者》の異名を頂戴した男。
しかし本来なら彼はとっくに戦死している筈だ。
《お前が選んだ道であろう》
立ち尽くす四代皇帝に対し、テロンの脳髄は噛んで含める様に言葉を続ける。
《行くのだエタン―己の信ずるがままに》
『いいえ上皇―本日はお別れを言いに参りました』
エタンは先代をじっと見上げながら、ただそれだけを告げる。
すると、その意味を即座に悟ったのか辺りは顔無き男の密やかな笑い声に包まれた。
《そうか―もうそんな日になっていたのか》
『はい』
いたわる様なねぎらう様なそれはエタンの返事だった。
テロンは自ら望んでこの姿になった。
戦死とは真っ赤な嘘―この帝国の真の《頭脳》としてその行く末を見届けよう―そう決意して選択した、それは《戦死》であったのだ。
この秘密を知っているのは、当時大本営左総長であったスコットと、今ここにいるエタンの二人しかいない。
彼の脳髄摘出・容器据付けに当たった医師や科学者達は、口封じの為に全員生身のまま真空中に放り出されている。
そしてこの生体コンピューターを補佐するべく、主に捕虜や拉致した星民を中心に取り出された一九九九体分の脳髄が、数え切れない無機・有機配線によって繋ぎ合わされ、ネットワーク化されているのだ。
当然この振る舞いは、中央域文明圏から見たら完全な異端行為。
もしばれたら宗教界を中心に、総力をもって根絶しにやって来る事必定だろう―\r
《全く年は取りたくないものだな》
テロンの脳髄は自嘲する様にそう慨嘆する。
そしてエタンはまるで有名な骨董品を鑑賞するかの様に、ただそれを眺めていた。
その両目には万感の思いが込められている。
《あとどのくらいかな?》
『二分を切りました』
エタンの返答に、先代はふむ、と一人ごちた。

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