チンゲンサイ。<42>
意外にも本橋は、
ユキエの言葉を受けても、表情一つ変えずに、あっさりと要求に応じた。
『山田さん。
生徒達に何をおっしゃるおつもりなのかは分かりませんが、
親が前へ出る事によって、必ずしも解決に結び付くとは限りませんし、
もしも、うちのクラスにイジメがあるとしたら、
現状の悪化さえ考えられますよ。
本当に、それでいいとおっしゃるのなら、どうぞお話しください。』
俺達の意志は固かった――
本橋の後ろに付き、俺とユキエは、ユウのクラスへ向かうべく、職員室を後にした。
廊下を歩く俺達に、生徒達は、それほど興味を示さなかったが、
本橋が、ひとたび教室のドアを開けると、
生徒達の視線は、一気に俺とユキエに集中した。
『起立!!』
ほぼ同時に、学級委員らしい女子生徒の声が響き渡る。
『ほっほっほ。
みなさん、おはようございます。
今日のホームルームが、いつもと少し違うのは、
お客様がいらっしゃる事ですね。
はい。いつもどおりに始めますよ。』
しかし、この本橋という教師は、いかにもクセのありそうな男だ。
見た目は、生徒にナメられているダメ教師といった感じなのだが、
どうも、そうでもなさそうだ。
その本橋の話している最中に感じた事だが、
このクラスの雰囲気は異様だった。
生徒達の目は、まるで腐った魚の様に見えたのだ。
全く若さと活気が感じられないのだ。
社会問題化した学級崩壊という言葉が流行った時代は、
すでに“一昔前”となってしまったのか。
いや、おかしいのは多分、このクラスだけだ。
そう思えたのは何故か――
みな、口をつぐんで、大人しく席に着いているのだが、
それは、優秀な生徒達の揃ったクラスだからというよりは、
まるで、何者かに操られている様に、
言葉を発する事を禁じられているかの様に見えたのだ。
一体ソレは何だ――
本橋の話が終わりに近付くにつれ、
俺は、話すタイミングが、いつユキエに回ってくるかと、ハラハラしていた。
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