欲望という名のゲーム?86
「かなり急だな。
それに乾燥した土埃が溜まっていて、靴では滑りそうだ。
裸足になった方がよさそうだな」
「ここしばらくは、雨が降りませんでしたから」
鹿島が説明的に言う。
喜久雄は一度ベランダまで降りてきて、上着を脱ぎ、靴と靴下も脱いだ。
「私は何をしたらいい?」
友子はなんとか喜久雄の役にたとうと必死だった。
しかし、彼女に出来る事は何もない。
「そうだな…
じゃあ、おまえはここで祈っていてくれ」
喜久雄は笑いながらそう言うと、もう振り向くことはせず、再び梯子を登り始めた。
庭に出た明彦と深雪は、日差しを避けるために手で日除けを作って、上を見上げていた。
少し離れた所に牧野夫妻も立っていて、やはり上を見上げている。
四人の見上げる屋根の上に、喜久雄が這いつくばった格好で出てきた。
上に出たまではよかったが、思うように進めないらしく、まるでナメクジのようにジワリジワリと移動するのがやっとのようだった。
「なんだか、危なっかしいな」
明彦がその様子を見ながら言った。
「そうね。
うまくいくと、落ちるかもしれないわね」
深雪の言った事を、明彦は聞き違えたのかと思った。
「うまくいくと?」
「そうよ。
ライバルが一人減るかもしれないわ」
喜久雄は必死だった。
額には玉の汗が浮かんでいる。
膝の関節がガクガクと震え、口の中はカラカラになってしまっている。
だが彼は少しずつ前に進んだ。
ここまで来たら、行くも戻るも一緒だ。
そう自分に言いきかせて、震える手を、そして震える足を、気力で動かしていた。
途中、何度も自分が落ちる姿を想像した。
体が空中を舞い、そして地面に叩きつけられる。
そうなったら無事では済むまい。
死ぬだろうか?
…死ぬかもしれない。
それも無惨な姿で…
友子は梯子を登り、屋根に顔を出して喜久雄を見守っていた。
すでに夢を追いかける恐ろしさを、その身をもって感じていた。
もしも、あの人がここから落ちたら、私も生きてはいられない。
もしも、あの人がここから落ちたら…
梯子を握る手の中が、汗でびっしょりと濡れていた。
二人の夢のために、そして私のために、惨めな格好で懸命に屋根にしがみつく喜久雄を見ていて、いつの間にかその姿がぼやけた。
溢れた涙が、屋根の上にポツポツと落ちた。
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