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拝啓 あなたへ

[192]  受験生  2010-08-12投稿

彼はいなかった。
"どうしてメアド交換しなかったんだろ。"
そう後悔しながら、トボトボと帰った。
それでも諦められず、出かけては落胆して帰る日々が一週間に及んだ。
どれもジメジメした薄暗い天気だった。
ニュースではこれを梅雨入りとよんでいた。


久しぶりに晴れた明くる日、今日はなんだか会えるような気がして晴れやかな気分で家を出た。
ばったり出会った、通学中の友達には
「なんか今日、嬉しそうな顔してるね。」
って言われた。
"そんなに嬉しそうな顔してるかな、私。"
その時の私は、自分が彼に惹かれつつあるという事実に気が付いてはいなかった。

例のファーストフード店に着くと、やっぱり彼はいた。
ちょっと、私天才かもって思ったりした。
今回は何も言わずに前の席に座った。
しばらくしてから彼はこちらの世界に帰って来て、やっと私に気が付いた。
「あ。君はこの前の…。」
"覚えててくれたんだ。"
ちょっぴり嬉しかった。
「何してるの?」
「ああ、これは、一般相対性理論をもう少し進めた理論でね、」
「ソウタイセイリロン…?」
「うん。例えば、秒速十万キロメートルで飛ぶ宇宙船から光を発したとする。すると光は…」
彼が言っていることは九割が宇宙語だった。
いわゆる『ブツリオタク』ってやつらしい。
それでも彼の話を聴くのは楽しかった。というよりも、彼の顔を見るのが楽しかった。
彼の顔は、小さな子どものようにキラキラ輝いて見えた。
彼は私にないものを持っている、そう思えた。

その日、彼にメールアドレスを訊いた。
そして、彼以外のアドレスを全て消去した。

それからも、ほとんど毎日あの店に通った。
あえて、来るかどうかをメールで尋ねるような事はしなかった。
彼が現れる日はいつも晴れだった。
いつだったか彼に訊いたとき
「晴れの日は気持ちがいいから。」
と笑って答えた。
私は、彼の一瞬の翳りを見逃さなかった。

次の日、私は一日中、気分が悪かった。病院へ行くと、妊娠していると言われた。

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