欲望という名のゲーム?109
喜久雄と孝子は、慣れないプロブレムに悪戦苦闘していた。
ニ手詰めという短い手数を侮った喜久雄は、死ぬほど後悔していた。
プロブレムのニ手詰めは、詰将棋の三手詰めとは比べ物にならないくらい複雑だった。
「ここにクイーンを置くと、どうだ?」
「うーん、ここに黒のルークがあるからダメよね」
「あっ、そうか。
じゃ、ここは?」
「そこは、さっき置いたじゃない。
やっぱりダメよ」
「ややっこしいなぁ。
クイーンを動かすのは間違いないか?」
「雅則兄さんのヒントからいくと、まず間違いないわね。
ちょっと、もう十一時を回ったわよ」
「いよいよ時間との勝負になってきたな。
ここはどうだ?」
「そこ?
そこに白のクイーンを置くと、黒はこう打つ。
やっぱりダメね」
食堂のドアが開いて、深雪が飛び込んで来た。
「喜久雄兄さん、出来た?」
「まだだ。
もう少し時間をくれ。
そっちはどうだ?」
「まだなの。
あと五十分しかないのよ。
やっぱりダメかしら?」
「僕は絶対に間に合わせる」
「分かったわ。
こっちも時間内に、きっと見付けるわ」
そう言って、また飛び出して行った。
三階に向かう深雪が、二階の廊下を走っていると、ホールから孝子が呼ぶ声がした。
「深雪姉さん、出来た!
プロブレムの答が分かったのよ!」
深雪は廊下の手すりから上半身を乗り出して、下の孝子に何か言おうとした。
そして、上からホールを見下ろした。
…あった!
そこに彼女の求める物があった。
「あった!
チェス盤があったわ!
兄さん、友子さん!
あったわよ!」
三階から明彦と友子が慌てて降りて来た。
深雪は廊下の手すりから身を乗り出して、ホールを指差していた。
二人も廊下から身を乗り出して、下を見た。
あった!
それも、一目瞭然でこれだと分かる盤だ。
ホールの床全体が、巨大なチェス盤だった。
一辺がニメートル以上もある大理石の一枚板。
それが白と黒の市松模様になっている。
「あまりに大き過ぎて、分からなかった」
「小さ過ぎる駒と、大き過ぎる盤。
雅則兄さんの考えそうな事だわ」
その時、鹿島の部屋のドアが開いて、彼が腕時計を見ながら出て来た。
「あと四十分しかありませんよ」
「分かってる。
あんたは車のエンジンをかけておいてくれ」
「承知しました」
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