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欲望という名のゲーム?131

[803]  矢口 沙緒  2010-09-14投稿



「わ、私が…
負けた…?」
鹿島はその封筒を持ったまま、ふらふらと後ろに下がって行った。
そしてソファーに座り込んだ。
その目はすでに焦点を失い、ただぼんやりと床を見ていた。
孝子はじっと待っていた。
待つ事だけが、彼女に出来る精一杯の優しさだったからだ。
「封筒をとっさに鎧に隠したというのは、嘘だったんですね…」
鹿島は床に目を伏せ、孝子に言うともなく、自分に言うともなく、つぶやいた。
孝子が小さく頷いた。
「もう、この屋敷にはないんですね…」
その鹿島の様子を、孝子は哀しい目をして見ていた。
「カラの封筒だけを持って、ここに戻って来たのよ。
一番大事なのは、キングの逃げ道を確保しておく事。
だって、キングを取られたら、ゲームに負けちゃうから」
孝子の声に勝ち誇ったものはなかった。
鹿島を責めるものもなかった。
ただ、敗者に対するいたわりの思いだけで一杯だった。
長い沈黙があった。
鹿島が静かに口を開いた。
「そうですか…
私は、負けましたか…」
目を伏せ、力なくそう言った鹿島の全身から、何かがゆっくりと抜けていくのが分かった。
鹿島に取り憑いていた恐ろしく危険な何かが、ゆっくりとその体から抜けていった。
鹿島の心を支配し、鹿島の理性を失わせ、鹿島を狂わせたニ百八十億円という魔物が、今その肉体から放出され、そして空中へと霧散していった。
それが孝子にもはっきりと分かった。
鹿島の瞳から危険な光が消えてゆく。
彼の全身から発散されていたおぞましい感情が、やがて跡形もなく消失した。
そしてそこに残ったのは、一人の物静かな男であった。
孝子は鹿島に近付き、そして彼の隣に座った。
「私ね、ここで暮らしてみようと思うの。
そうすれば、雅則兄さんの事が、もっとよく分かるんじゃないかって、そう思うの。
私はこの屋敷がとっても好きなの。
だから貴方に壊してほしくなかったの」
鹿島が少しだけ笑った。
自分を笑ったのだ。
「私は何かを失っていたのですね。
大事な何かを…」
「鹿島さんは少しのあいだ忘れていたのよ。
本当の自分を…
それだけよ。
…でも、今は戻ったわ」
孝子が嬉しそうに言った。
「私とビトゥイン・チェスをした、あの時の鹿島さんに戻った」
そう言って、嬉しそうに笑った彼女の瞳から涙が落ちた。



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