アンチモン
耳元で風の音がする。
ピュウっと何度も彩子(さいこ)の周りをすり抜けた。
ふと周りを見渡せば、随分と高い場所にいる。
空が近い…、景色は雲もない青一色だ。 (…ここって?)
訳もわからず、視線を上にあげる。
みると、さっきまでそこにはなかった筈のクレーンが音をたてながら・積み荷を引っ張っている。
……ウィーン。
積み荷のそばに近寄ろうと歩きだした。 歩くたび、地面がカツカツ音がする。
着ていたコートの襟を首にギュッと寄せた。…少し寒い。…その先に、白い手摺りがみえる。
彩子が手摺りに両手をかけ、真下を覗こうとした直後・クレーンが静かにあがってきた。
積み荷が、彩子の目の前に止まる。
『………えっ!?』瞬間、声にならない声で小さい悲鳴をあげた。
積み荷に乗っていたのは、彩子の別れた夫の晋太郎とその晋太郎の腕にだかれた息子の京だ。
(…嘘?なんでここにいるの?)
彩子が心で叫ぶ。
晋太郎とは、もう離婚の手筈が終わりとっくに縁が切れていた。
『彩子… いままで、ごめんな。』
晋太郎が、彩子に向かって謝罪した。
(有り得ない…!)
そんな、夫じゃない。ひどいこともいっぱいされた。絶対謝ったりする人じゃない…
でも…
正直、嬉しかった。ずっとききたかった言葉だった。
晋太郎にだかれていた京が、口元を小さく動かして『…ママ』と彩子に話しかけた。
口を両手でふざいで、彩子はわあっと泣いた。
…嬉しい!
…良かった、これで私たち元通りにまたなれるのね…
…嬉しい!!
「う・れ…し…。」自分の口が、動いている感覚で目が覚めた。
目尻が濡れている。泣いていたのか…
「夢……。」
ボソッと呟いた。
確かに…
そうよね。
有り得ないもの…
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