チンゲンサイ。<57>
* * * * * *
職安通いの日々が着々と過ぎて行き、
また、新たなる季節が早々と訪れようとしていたある日の午後、
俺は、いつもの様に公園のベンチに座り、一袋50円のパンの耳をかじりながら、
求人情報誌をぼんやりと眺めていた。
今日のパンの耳は格別に美味かった。
何故なら、ユキエが油で揚げ、砂糖を塗してくれたからだ。
何の変哲もないパンの耳だが、
一手間掛けると、こんなに美味いのか。
心地好い風に吹かれながら、
たかがパンの耳に小さな感動を覚えた俺は、不意に人の気配を感じた。
『あぁ、やっぱり山田だ!!』
顔を上げて見ると、そこに立つのは鈴木だった。
そう言えば数ヶ月前、本屋で偶然再会して以来、まだ一度も連絡を取っていなかった。
『おぅ、鈴木か。なかなか身辺が落ち着く暇が無くてな。』
『山田、お前懐かしい物食ってんな。』
鈴木はいきなり、俺の手に持つパンの耳の入った袋に手を伸ばし、
それをサクサク食べだしたかと思うと、前置き無しにこう切り出した。
『この前の話だが、考えといてくれたか?』
いきなり振られても一体何の話だとなる所だが、
実は俺も、案外この話に関しては、満更でもなかったのだ。
しかし、鈴木が本気で言ってくれたのかどうかさえも確かめる余裕も無く、
自身の就職活動や、ユウのイジメ問題に、日々労力を費やしていたから、
今まさにこの場面が、鈴木の話に真剣に取り組める意思を伝える瞬間となった。
『鈴木。俺にぜひやらせてくれないか。
詳しく話を聞かせてくれ。』
『おぉ!!やってくれるか!!
お前の事を前もって社長に話してあるから話が早い。
明日、その旨伝えておくよ。
前にも言ったが、我社は新規事業を開拓しようとしている。
大手出版社と提携して、携帯小説サイトを立ち上げるのだ。
そのプログラミングをお前にお願いしたい。
しかも入社後は重要ポストを約束すると社長はおっしゃっている。』
『鈴木。俺がコンピュータのプログラミングに携わっていたと言うのは、もう随分昔の話だ。
正直言って自身もない。
しかし、本格的知識も持たない俺にとっては二度と無いチャンスだ。
この有り難い話を持って来てくれたお前には感謝するよ。』
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