ゆりかご荘の住人
ゆりかご壮の管理人室は、毎晩相談室と化していた。管理人の水野さんはいい人だった。いや、お人好しすぎた。 昨日は203号室の田中さんから一晩中、身の上話を聞かされた。水野さんは悩んでいた。 今夜は101号室の楓さんが相談をしに管理人を訪れていた。 「そんなわけで、その後の記憶がまた不安定なんです。苦しいとか悲しいとかは特にないんです。でも、そこから抜け出そうと必死でもがいてたらいつの間にか記憶がなくなってたんです。気付いたらゆりかご荘にいて…」 水野さんは悩んでいた。毎晩訪れる人々の相談役をお断りしたかった。が、断る術を知らなかった。そんな事はお構いなしに楓さんは話を続ける。 「…て、わけなんです。…どう思います?私が死んだ理由。」 交通事故で曲がった血だらけの顔を、更に傾けながら楓さんは自分の死について水野さんに問った。 水野さんは、悩んでいた。 今夜も住人一人のゆりかご荘の、静かだが、眠れない夜が過ぎるのだった。
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