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サーカス

[993] にゃんぷち 2011-09-17投稿

回転木馬に乗りながら、青ざめた顔をした少女の夢を見た。

くしゃくしゃのもつれた黒髪が頬に張り付き、ついさっきまで泣いていた目が充血している。

湿度の高い空気はねっとりと輝きを帯び、飴細工のように触れそうだった。
僕はいつ買ったのか覚えのない綿菓子の袋…まっしぐらにはしれ!、とコロコロした字で書いてある…を持っていた。


メランコリックなアコーディオンがどこからともなく鳴り響き、赤い旗はひらめいて、バターの匂い、弾けるポップコーンと笑い声にまみれている。


泣きべその少女は回る…止めたいのにどうしようもない力になすすべなく。


わずかな時間に縛られて、硬直した指で木馬の金色の軸を握る。


ゆっくりと、ゆっくりと…少女の瞳は僕を見据え、助けてとでもいうように唇を震わせた。


思わずそちらへ踏み出したとき、金と黒の縞地の絹に身を包み高らかに鋭い音を響かせたピエロが一人、雑多な広場に現れた。

立ち止まる人々。
彼らは不思議と生気がなく驚くほどに個性がなかった
銀の細いラッパをくるりと回し、ほんの一呼吸。

眼も鼻もないその顔に、浮かぶのは真っ赤な唇のみ。耳まで裂けたその口が、愉快そうに開かれた時、覗いたのは千もの針。
ぬるぬると唾液に濡れた禍々しい歯。




さあさあ、お集まりの皆々様

これから始まりますは世にも奇怪な夜のサーカス

紳士も淑女も今宵ばかりはみな獣

罪なき両目を爛々と
開いてご覧になりまする
飛び出しますは火に、野獣、煌めく刃物に美女が舞う

手に汗にぎる離れ業

さあさあ、ご覧になれば末代までの
語り草になること間違いはなし

赤と黄色の巨大な天幕に吸い込まれていく沢山のひとびとの影。

呆然と見送りながら、手にふと暖かさを感じた。

見下ろすとあの少女が、しっかりと手を握っていた。

「行っちゃ、だめ」

僕は行くつもりは毛頭なかったけれど、

「なぜ」

と聞いた。

少女は縺れた髪を自由な方の手で払いのけ、こちらが不安になるほど強い眼光で天幕を睨んだ。

「あれは、悪いもの」

僕もそれは解っていた。
そうだ、あれは…いや、この夢はとてつもなく悪いものだ。

少女にあげようと差し出した綿菓子の袋の文字は

ちからいっぱいにげろ!!

に変わっていた。


「逃げよう」

少女は初めて微笑んだ。 それは不安の兆しにすぎない小さな笑みだ。

心臓の底を直に叩かれたような動悸がする。
たまらなく恐ろしいのに、機敏に動けない。
悪夢はいつだってこんな風だと知ってはいても、泣き出したくなるくらい心細かった。

「うん」


気がつけば遊園地には僕らしかいなかった。
夕闇は次第に濃い藍色にかわりつつある。

観覧車は止まり、アコーディオンは鳴りをひそめ、屋台からは売り子が消えた。
あたかも始めから存在していなかったように。


金気臭い匂いがキャラメルに取って代わり、それが何の匂いであるかは明白だった。

血だ。

大量の血液の匂い。

天幕から上がる、どよめきと轟く笑い声。
悲鳴、夜の空を切り裂くような金切り声。

そして続く、笑い声。

「さあ、早く」

少女に促された刹那、カーテンを思わせる天幕のギャザーが揺れ、ピエロが現れた。

ピエロはもはや笑っていなかった。
鮮やかな衣装に血が飛び散り、奇妙にも美しいアクセントになっていた。

手には飴をくわえたままの子供の首を抱えている。


僕らは走った。

振り返らず走り続けた。
振り返ればあの歯が間違いなく僕らを頭から食べてしまうだろう。
その証拠にすぐ背後から、キシキシと金属を擦り合わせるような音がしている。


「もっと」

少女の声は掠れ、握りあった手の平は汗で湿っていた


冷たい、身体中の血液が凍りつくような指が僕の肩を掴み、鋭い爪がシャツを引き裂き痛みが走った。

それでも走り続けた。





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