ベースボール・ラプソディ No.61
綾乃自身、自分が笑わなくなった事への自覚があった。
そして、その原因が目の前にいる八雲である事も。
「……私と違って、真壁君はよく笑うようになったね」
静かに微笑む綾乃。
八雲は右手に視線をおとし、そして自嘲した。
「結局この手は、ボールを握らずにはいられなかったみたいだ。
……その事に気づいた時には、随分と多くの物を失ってたけどな」
多くのという言葉に、綾乃は妙な違和感を感じていた。
おそらくは、小次郎の存在の大きさをその言葉に置き換えて表現したのだろうと、彼女は自分を納得させていた。
そして思う。
八雲の悲しみは、完全に癒える事はないのだろうと。
「……私ね、真壁君にちゃんと謝らなきゃって、ずっと思ってたの。
あの時の私、あなたに酷い事を言ってしまったから……」
綾乃の真っ直ぐな瞳が、その思いの強さを八雲につたえていた。
南風にそよぐ木々を見上げた八雲は、綾乃が言葉にしたあの時の記憶を呼び起こしていた。
綾乃と共有する、小次郎が他界した翌る日の記憶を。
昨日から降り続く雨は、未明から雪へと変わっていた。
その雪が静かに舞い落ちる中、八雲は幼少期に小次郎と遊んだ公園に立ち尽くしていた。
「……風邪ひくよ」
後ろからそっと傘をかざす綾乃が言葉をかけると、八雲はゆっくりと振り返った。
「……風邪をひいたところで、何の不都合もないさ」
虚ろな瞳でこたえる八雲。
「そんな事いっちゃダメだよ。
また野球をやり始めるのなら、身体は大切にしなきゃ」
八雲をうっすら白く染める雪を、綾乃は優しく払い落とした。
その身体は冷え切っていて、心配した彼女は自分のマフラーをそっと八雲に巻き付けた。
そのマフラーは、泣きたくなるくらいに暖かった。
だが、それでも八雲を苛む呪縛は、消え去ることはなかった。
力無く綾乃に抱きつくと、八雲は声をふるわせた。
「小次郎はもういないんだ。
野球なんかやったって、何の意味もない」
そして、その原因が目の前にいる八雲である事も。
「……私と違って、真壁君はよく笑うようになったね」
静かに微笑む綾乃。
八雲は右手に視線をおとし、そして自嘲した。
「結局この手は、ボールを握らずにはいられなかったみたいだ。
……その事に気づいた時には、随分と多くの物を失ってたけどな」
多くのという言葉に、綾乃は妙な違和感を感じていた。
おそらくは、小次郎の存在の大きさをその言葉に置き換えて表現したのだろうと、彼女は自分を納得させていた。
そして思う。
八雲の悲しみは、完全に癒える事はないのだろうと。
「……私ね、真壁君にちゃんと謝らなきゃって、ずっと思ってたの。
あの時の私、あなたに酷い事を言ってしまったから……」
綾乃の真っ直ぐな瞳が、その思いの強さを八雲につたえていた。
南風にそよぐ木々を見上げた八雲は、綾乃が言葉にしたあの時の記憶を呼び起こしていた。
綾乃と共有する、小次郎が他界した翌る日の記憶を。
昨日から降り続く雨は、未明から雪へと変わっていた。
その雪が静かに舞い落ちる中、八雲は幼少期に小次郎と遊んだ公園に立ち尽くしていた。
「……風邪ひくよ」
後ろからそっと傘をかざす綾乃が言葉をかけると、八雲はゆっくりと振り返った。
「……風邪をひいたところで、何の不都合もないさ」
虚ろな瞳でこたえる八雲。
「そんな事いっちゃダメだよ。
また野球をやり始めるのなら、身体は大切にしなきゃ」
八雲をうっすら白く染める雪を、綾乃は優しく払い落とした。
その身体は冷え切っていて、心配した彼女は自分のマフラーをそっと八雲に巻き付けた。
そのマフラーは、泣きたくなるくらいに暖かった。
だが、それでも八雲を苛む呪縛は、消え去ることはなかった。
力無く綾乃に抱きつくと、八雲は声をふるわせた。
「小次郎はもういないんだ。
野球なんかやったって、何の意味もない」
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