略奪 4
4)
ロックグラス、ショットグラス、カクテルグラス…次々に磨かれ美しく光る透明なグラスがカウンターに並べられて行く。
どれも無駄なデザインの無いシンプルなものばかりだ。
不意に小さな疑問が浮かんで言葉にする。
『ここは喫茶店?』
男がグラス磨きながら小さく首を振る。
確かに喫茶店にしては店内が暗すぎる事に今更ながら気付く。
私は開店前のBARに飛び込んでいる。
急に居場所が無くなり、ポケットの札を握り締めた。
『別に酒を飲んだ訳じゃ無い。捕まったりはしないさ。店は後少しで開店だからそれまで居れば良い。それにさっきギターを弾く子が来ると言っただろ?』
男は相変わらず私に視線は預けずグラスの曇りを拭き取りながら呟く。
同時にスティール製の重厚な扉が軋んで開いた。
長身で真っ赤な髪。
男とも女とも取れない中性的な顔。
派手なシャツとダメージのジーンズ。
細く長い指先が男に無い女性らしさを感じさせる。
しかし、決してそれらが嫌味に見えないのは、きっと開かれたドアからの光が逆光となり視界を狭めているから。
『おはよう』
男が呟くと、その女性は軽く頭を下げ店の奥にあるドラムセットの横にギターケースを置き、私から少し離れた止まり木に腰を降ろした。
『ビール』
その女性が呟くより少し前にカウンターに置かれる飲み物。
喉を鳴らして一気に流し込まれる琥珀色の液体。
良く見ると女性は自分と余り離れた歳に見えなかった。
『あ、あの…すいません』
女性が私の呼び掛けに此方を見る。
『何?』
真っ直ぐに向けられた視界に吸い込まれそうな感覚になる。
『幾つですか?』
唐突な質問。
自分の言葉に赤面して絶句する。
『知らない』
女性はスッと立ち上がり空のグラスをカウンターの奥に滑らすと止まり木を離れギターケースを開いた。
『名前は愛梨』
背を向けたまま呟く女性。
『私は結衣です』
私は反射的に答えた自分の声が裏返ったので何だか可笑しく成って微笑んだ。
背を向けているが、愛梨も小さく笑っているのが分かった。
ガリッと小さなノイズがアンプから溢れた。
チューニングをしながらギターとアンプを繋ぐコードを指先で辿る愛梨の存在感に鳥肌が立った。
用意した椅子に腰掛け徐にギターを奏でる愛梨。
ロックでは無い。
jazzでも無い。
自分の知らない種類の音か突然違和感も無く染み渡る。
今更存在する事さえ知らなかった音がヒリヒリと、私の何かを刺激する。
哀しく成った。
侘しく成った。
淋しく成った。
嬉しく成った。
気付くと涙が溢れていた。
理由のハッキリしない涙。
今更流した事の無い涙だった。
愛梨がギターを爪弾きながら涙を流す私を見詰める。
スローなテンポが一転して自然に体がリズムを刻む。
愛梨が叫ぶ。
歌っているのでは無く、叫んでいる。
女性にしては野太い声が叫びを増幅させる。
叫びに意味を求める事さえ忘れて私は愛梨が奏でる音に完全な虜と成った。
ロックグラス、ショットグラス、カクテルグラス…次々に磨かれ美しく光る透明なグラスがカウンターに並べられて行く。
どれも無駄なデザインの無いシンプルなものばかりだ。
不意に小さな疑問が浮かんで言葉にする。
『ここは喫茶店?』
男がグラス磨きながら小さく首を振る。
確かに喫茶店にしては店内が暗すぎる事に今更ながら気付く。
私は開店前のBARに飛び込んでいる。
急に居場所が無くなり、ポケットの札を握り締めた。
『別に酒を飲んだ訳じゃ無い。捕まったりはしないさ。店は後少しで開店だからそれまで居れば良い。それにさっきギターを弾く子が来ると言っただろ?』
男は相変わらず私に視線は預けずグラスの曇りを拭き取りながら呟く。
同時にスティール製の重厚な扉が軋んで開いた。
長身で真っ赤な髪。
男とも女とも取れない中性的な顔。
派手なシャツとダメージのジーンズ。
細く長い指先が男に無い女性らしさを感じさせる。
しかし、決してそれらが嫌味に見えないのは、きっと開かれたドアからの光が逆光となり視界を狭めているから。
『おはよう』
男が呟くと、その女性は軽く頭を下げ店の奥にあるドラムセットの横にギターケースを置き、私から少し離れた止まり木に腰を降ろした。
『ビール』
その女性が呟くより少し前にカウンターに置かれる飲み物。
喉を鳴らして一気に流し込まれる琥珀色の液体。
良く見ると女性は自分と余り離れた歳に見えなかった。
『あ、あの…すいません』
女性が私の呼び掛けに此方を見る。
『何?』
真っ直ぐに向けられた視界に吸い込まれそうな感覚になる。
『幾つですか?』
唐突な質問。
自分の言葉に赤面して絶句する。
『知らない』
女性はスッと立ち上がり空のグラスをカウンターの奥に滑らすと止まり木を離れギターケースを開いた。
『名前は愛梨』
背を向けたまま呟く女性。
『私は結衣です』
私は反射的に答えた自分の声が裏返ったので何だか可笑しく成って微笑んだ。
背を向けているが、愛梨も小さく笑っているのが分かった。
ガリッと小さなノイズがアンプから溢れた。
チューニングをしながらギターとアンプを繋ぐコードを指先で辿る愛梨の存在感に鳥肌が立った。
用意した椅子に腰掛け徐にギターを奏でる愛梨。
ロックでは無い。
jazzでも無い。
自分の知らない種類の音か突然違和感も無く染み渡る。
今更存在する事さえ知らなかった音がヒリヒリと、私の何かを刺激する。
哀しく成った。
侘しく成った。
淋しく成った。
嬉しく成った。
気付くと涙が溢れていた。
理由のハッキリしない涙。
今更流した事の無い涙だった。
愛梨がギターを爪弾きながら涙を流す私を見詰める。
スローなテンポが一転して自然に体がリズムを刻む。
愛梨が叫ぶ。
歌っているのでは無く、叫んでいる。
女性にしては野太い声が叫びを増幅させる。
叫びに意味を求める事さえ忘れて私は愛梨が奏でる音に完全な虜と成った。
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