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死後の世界

[606] 涼太 2014-01-25投稿
「ついに出来ましたよ」

「何が?」

部下の織下が朝から機嫌の良い声なので、不機嫌な私はぶっきらぼうに答えた。

「死後の世界に移動できる装置ですよ。これで、被害者に直接犯人を聞き出せます」

「本当か?」

これが本当なら、捜査が一気にはかどるぞ。

「ただ、一定時間超えると、戻ってこれなくなりますけど」

「相応のリスクがあるってことか」


そして、私はその装置の初めての被験者となった。自分で希望したのだ。

どんなものかと思ったら至って簡単。頭にコードの沢山付いたヘルメットを被って椅子に座るだけだ。
麻酔が打たれると、身体が途端に重くなった。


気が付けば私は、妙なところに佇んでいた。足元が柔らかく、落ち着かない。周りには何もない橙色の空間に包まれていた。太陽はないようだが、明るさが保たれている。

ここが、所謂“あっちの世界”と言ったところなのか。

時間も限られているので、とにかく人の居るところを探しに向かった。
思ったよりも呆気なく、こじんまりとした集落を発見した。
早速、事件の被害者が居ないか聞き込みを始める。

どうやらここではなく、少し離れたところにある、大きな街に居るらしい。


そこへ移動する途中、川が流れていた。大きいとは言えないが、下界の川より遥かに澄んだ水が流れていた。水底が手に取るように見える。

何となく喉が渇いたので、川に近寄り水を掬おうとしたとき、声を掛けられた。

「止めた方がいいよ」

後ろを振り返ると、そこに釣竿を持った男が立っていた。
その男はまさに今、私が探していた男だった。
好都合だ。これで街まで行かずに済む。

「どうして?」

私は不思議に思って尋ねた。

「あなたはこっちの世界の住人ではないようですから」

「何故、分かるんだい?」

「見た目で何となく、ですよ」

男は私の隣に座り込み、釣り針を川に投げ入れた。
どう見ても、川には魚の姿はない。

「この世界の物を口にすると、元の世界に戻れなくなりますよ」

「そうか、じゃあ止めておこう」

私は伸ばそうとした手を引っ込めて、彼を見た。

「ところで、君に訊きたいことがあるんだが?」

「何です?」

「嫌な事を思い出させるようで悪いんだが、君は誰かに殺されてこの世界に来たよね」

そう言われても彼は、眉一つ動かさず淡々と答えた。

「ええ、……それで?」

「私はその犯人を追ってるんだ。君の力を貸して欲しい。顔を見てるだろ?」

「ええ、見てます」

あまりに素っ気ない返事なので、私は思わず訊いた。

「恨んでないのか?」

「別に……、最初は恨んでましたけど、こっちの生活も悪くないので」

「どんな生活を送ってるんだ?」

「仕事はする必要がなく、毎日だらだら気まぐれに過ごしてます。食糧等生活必需品は、毎日支給されます。みんな平等にね」

「楽なもんだな」

「お陰さまで、借金取りに追われることもない。平和ですよ」

「だが、下界での警察の体面と言うのがあってね。一応犯人の名前を教えて欲しいんだが……。恨んでないと言っても、それ相応の罰を下したいだろ?」

すると、彼は溜め息を吐いて、釣竿を置いた。

「あの犯人は、僕以外に2人も殺してます。彼が死刑になってこっちの世界に来たら気まずいじゃないですか」

「そんな男は地獄に落ちるさ」

「地獄なんてないんです。言ったでしょ? ここではみんなに平等だって。生前何をしようが関係ないんです」

「そうか……。わかったよ、悪かったな、邪魔して」

立ち上がろうとしたその時、男が言った。

「こっちに住めば良いじゃないですか」

「え?」

「人間、いつかは必ず死ぬ。どうやら貴方はそれほど苦痛もなく、ここへ来た。丁度良いじゃありませんか」

「私にはまだやることが……」

「戻ったところで良いことなんてありませんよ。妙なしがらみに縛りつけられて生きていくより、こっちで楽に暮らしましょうよ」

「だが……」

「疲れるだけですよ。どうして、自分を痛め付けなくてはならないんです? 貴方には休みが必要ですよ。……」



第一の被験者となった彼は戻ってこなかった。
それからも、何人かの人間が、死後の世界に捜査をしに行った。
だが、プロジェクトは打ち切られた。

彼らのうちの一人として、戻っては来なかったからだ。

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