携帯小説!(PC版)

まつげ

[1037]  つう  2006-10-21投稿
電車が停車し扉が開く音に気付いた。人が入って来る気配がしたが目を開けるのも億劫で薄目で左右を確認した。その日の私はツイてなく不機嫌だった。朝からビューラーでまつげを抜いてしまい少なくなった短いまつげに濃くマスカラを塗った。バタバタと身支度を済ませ会社に向かった。快晴の空と裏腹に上司は機嫌が悪くあれこれと雑用を押し付けられた。揚句の果てには「昼からはティッシュ配りやれよ」…。仕事に誇りやプライドは持っていないから、別に反発する気もおこらずティッシュが大量に入ったダンボールを抱えて会社のコンクリート階段をよろめきながら下りた。ティッシュを受け取る人は少なく快晴の空も立ちっぱなしの私には炎天下に感じる。ダンボールが空になる頃には汗が額を滴り濃く塗ったマスカラは溶け目の下が真っ黒だった。ウォータープリーフって書いてたのに…。疲れて浮腫んだ足を引きずりながら会社へ戻った。幸いもうすぐ定時。ホッと一息椅子に座った瞬間、「今日残業な!残業代稼がしてやるんだからしっかり働けよ〜」…。上司…。結局3時間残業し会社を出た。電車に乗ったのは夜の8時半。家に着くのは10時…。疲れた。こんな毎日をもう5年続けている。私…何の為に生きてんだろぉ…。気が遠くなる。
電車に乗って来たのは今の時代には珍しく落ち着いた雰囲気の20代後半の女性。私は薄目を閉じ再びうたた寝を始めた。しばらくして夢を見た。幼い頃に亡くなった母が隣にいて私の頭を自分の肩にもたれさせ優しく撫でる。とても安心する匂いに思わず涙が滲む。「大丈夫。大丈夫よ」母が私を抱きしめる。とても穏やかな気持ちで目が覚めた。さっき乗ってきた女性が電車を下りていく後ろ姿が目に入った。ローカル線のため車両には私一人。不思議な気持ちでいると隣の席に人の温もりが残っている事に気付く。思い出されたのは母の優しく安心する匂い。家に帰ると母の仏壇に手を合わせた。何となく母の写真が見たくなりアルバムを開く。最後の写真が二枚重なっている事に気付き下の写真をひきだした。母の後ろ姿…。涙で写真が滲んで見えたが、確かにそれは電車を下りていった女性の後ろ姿そのままだった。疲れて冷えた私の心を母が温めてくれたねだろうと感謝の気持ちが溢れた。明日からまたいつもと同じ生活が始まる。だけどいつより前向きな自分が頑張ってると思う。

感想

  • 5043: 描写力が素晴らしいです [2011-01-16]
  • 5530: よかったです。本物の小説にある読み終わった後のホッとする感じが携帯小説には感じられなかったのですがこれにはそれがありました。書き方もすごくよくてすごく勉強になりました Poirot [2011-01-16]

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