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天使のすむ湖80

[334]  雪美  2006-10-23投稿
喜んでくれると思ったのに、香里は切なそうな顔をして
「気持ちは嬉しいわ、そうできたらどんなに幸せか・・・」
「書いてくれるよね。」
俺がそう言うと、
「それだけは出来ないの、」
そういって言葉を詰まらせた。
「なぜ?病気のことがあるから?」
「もちろんそれもあるけど、もうすぐ私はあなたとはいられなくなるわ、亡くなったらあなたを岬ちゃんに返すと約束したの、一時的にあなたを岬ちゃんから奪ったんだもの、そのサインは将来岬ちゃんが書くべきものなのよ、私たちには未来はないの・・・ごめんね、私だってあなたの立派なお医者さんになる日を見たかった。でもこの目には何ももう見えない、見えないの・・・」
そう言うと涙がこぼれ落ちて、香里のネグリジェにしみていた。どうすることも出来なくてただ黙って、俺の目にも涙がにじんで、香里を静かに抱きしめた。まさか断られるなんて思いもせずに気楽に用意していた自分が、ひどい奴だと思っていた。
「ごめん、そんなに気にしていたなんて、知らなかったんだ、ただ愛しくて・・・・それだけなんだ。」
謝るけど、涙はとめどなく流れて、冷たい冬の空気が二人を包んでいた。
時の流れは止めることは出来ない、弱りきった香里の肉体は、日々衰弱していくのがわかるほどになっていた。強い頭痛を訴えるときには、モルヒネを使用して、痛みを軽減することしか出来ない、それしか出来ないのだ。
哀しいバレンタインデーこんなに切ない思いを胸にずっと秘めていたなんて・・・
脳腫瘍は確実に命を縮めている、せめて形だけでもと思った俺は、浅はかだった。

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