ムーンマジック
満月が溶け出しそうな夏の夜だった。
ベランダの椅子に腰掛けた僕は、向かいに座るトモダチにアイスカフェオレをすすめた。「ありがとう」
「…熱心に何を見てるの?」
マルは一瞬僕を見てからはにかんで、ついっとまた空に視線を戻した。
「月」
「ああ、うん。綺麗な満月だねぇ」
ゆったりした僕の言葉にマルはほとんど吐息で返事をしてから、今度は僕に向き直る。
「コウとはじめましてしたのも、こんな夜だったね」
「そうだったかな」
少し考えて頷く。
「そうだったかもね」満月の夜に突然訪ねてきたトモダチ。あの日以来、僕らは夜な夜なこうしてお茶しながら話しをしている。他愛のない、無駄話。
「コウ、僕は今日、君にサヨナラを言いに来たんだ」
「マル?」
「…この満月が頂点から傾いたら、満月の魔法は呆気なく解けてしまう。だからその前に」
不思議と、悲しくなかった。驚きもしなかった。ただただ、『そう』なんだと…思った。サヨナラが足元から這い上がって、指先がひんやりするまで。
「…どうしても?」
我ながら情けない声が口をつき、マルが苦笑してるのがわかる。でも、言わずにはいれなかったんだ…。
「どうしても?」
「どうしても」
穏やかな声に、僕はさよならを受け入れないといけなかった。
「うん、うん。わかったよ。じゃあこのカフェオレがなくなるまで…いっぱい話そう」
マルが笑った。なんだか『いい』笑顔だった…。
ひとしきり語り合った後、ふとマルが頭上を見上げたから、つられて顔を上げると、満月は緩慢な動きで頂点を越そうとしていた。
「じゃあね、マル」
勇気を振り絞って先に口を開くと、マルは空になったグラスから手を離して立ち上がった。
「ありがとう、コウ。」
僕が何か言おうと口を開いた時には。
マルの姿は闇色に成り代わり、ベランダから飛び出して行ってしまった……。
「マルっバイバイ!!」
僕はトモダチに叫んだ。ありがとうと言ったトモダチに、僕は未練たらしく別れの言葉しか言えなかった。
−ニャア…−
返事が夜にこだまする。
満月の魔法は、夜ごと姿を変えるその身と同じように儚く消えてしまった。
でも…。僕はあの夜、ベランダから飛び出して行ったトモダチと同じ真っ黒な猫を見るたび想う。
…忘れないよ、夏の夜の僕のトモダチ…。
ベランダの椅子に腰掛けた僕は、向かいに座るトモダチにアイスカフェオレをすすめた。「ありがとう」
「…熱心に何を見てるの?」
マルは一瞬僕を見てからはにかんで、ついっとまた空に視線を戻した。
「月」
「ああ、うん。綺麗な満月だねぇ」
ゆったりした僕の言葉にマルはほとんど吐息で返事をしてから、今度は僕に向き直る。
「コウとはじめましてしたのも、こんな夜だったね」
「そうだったかな」
少し考えて頷く。
「そうだったかもね」満月の夜に突然訪ねてきたトモダチ。あの日以来、僕らは夜な夜なこうしてお茶しながら話しをしている。他愛のない、無駄話。
「コウ、僕は今日、君にサヨナラを言いに来たんだ」
「マル?」
「…この満月が頂点から傾いたら、満月の魔法は呆気なく解けてしまう。だからその前に」
不思議と、悲しくなかった。驚きもしなかった。ただただ、『そう』なんだと…思った。サヨナラが足元から這い上がって、指先がひんやりするまで。
「…どうしても?」
我ながら情けない声が口をつき、マルが苦笑してるのがわかる。でも、言わずにはいれなかったんだ…。
「どうしても?」
「どうしても」
穏やかな声に、僕はさよならを受け入れないといけなかった。
「うん、うん。わかったよ。じゃあこのカフェオレがなくなるまで…いっぱい話そう」
マルが笑った。なんだか『いい』笑顔だった…。
ひとしきり語り合った後、ふとマルが頭上を見上げたから、つられて顔を上げると、満月は緩慢な動きで頂点を越そうとしていた。
「じゃあね、マル」
勇気を振り絞って先に口を開くと、マルは空になったグラスから手を離して立ち上がった。
「ありがとう、コウ。」
僕が何か言おうと口を開いた時には。
マルの姿は闇色に成り代わり、ベランダから飛び出して行ってしまった……。
「マルっバイバイ!!」
僕はトモダチに叫んだ。ありがとうと言ったトモダチに、僕は未練たらしく別れの言葉しか言えなかった。
−ニャア…−
返事が夜にこだまする。
満月の魔法は、夜ごと姿を変えるその身と同じように儚く消えてしまった。
でも…。僕はあの夜、ベランダから飛び出して行ったトモダチと同じ真っ黒な猫を見るたび想う。
…忘れないよ、夏の夜の僕のトモダチ…。
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