携帯小説!(PC版)

トップページ >> 恋愛 >> LOVE LETTER

LOVE LETTER

[7242]  ヒロシ  2005-03-18投稿

 友達が恥ずかしそうに手帳に挟んであった彼氏の写真を私にみせてきた。こんなの私はちっともみたくない。他人の自慢話は嫌いだ。でも断るわけにはいかないから、うらやましいフリをして、おせじの1つや2つを並べとく。
「へー、かっこいいじゃん。背高そうだし。いいなー彼氏がいるって。」
 私はいつもそんなことを言っている自分に鳥肌がたつ。なに、この不細工な男。男は身長じゃないっつーの。心の中じゃあこんな感じ。すると相手も気分をよくしてもっと彼氏の自慢話をするか私に余計なおせっかいを妬いてくる。私の友達は後者だった。
「理沙、かわいいんだから、彼氏なんてすぐできるよー、私が彼に頼んで紹介してもらってあげよーか?」とかまじで言い出すからやだ。
 自分が幸せになるとそれだけじゃ物足りず、他人の幸せにまでちょっかいださずにいられないらしい。みんな幸せが聞いてあきれるよ。私が黙っていると先がすっかり噛んでつぶれているストローからコーラを一口吸って、彼氏に連絡し始めた。この子、コーラが大好きでさ。
「もしー、ひでとー?」と紀子はいつもとはまったく違う甘ったるい声を出した。なんか足の裏がかゆい。私は彼氏と電話している紀子の目の前で靴下を脱いで足の裏をかいてやった。人が電話しているのを聞く度毎回思うんだけど、相手の名前を言って確認するのはなぜだろう?そいつがでるのはわかりきってるじゃないか。私はこれが好きじゃない。そういう無駄なことが得に。私がボーっと一人で冷めてしわしわになったポテトをつまんでいると、勝手に紀子が私の話をし始めた。私は彼氏がいるっていいなーとは言ったけど、欲しいとは一言も言ってないのに。もうこうなるとうざい。私は電話で彼氏とくっちゃべっている紀子をほっといて外にでた。私が席を立つとなんか言ったけど無視しといた。
 外にでるともう日が落ちかけていた。ビルの間から覗く夕日がそこらじゅうの窓に映ってなんかちょっとエロイ。風が私のスカートの下を足に触れながら通り抜ける。風に意思があったらぶっ飛ばしてやりたい。しばらく一人で渋谷の町を歩いていると、スーツを着たダサい男にしつこく付きまとわれた。三十メートルくらい私について来て、一人?暇なら遊ぼうよ、を連発してきた。暇だけどあんたといる時間はないと言って、そいつの足をヒールの踵で思いっきり踏んづけてやった。
都会の人ごみと建物の窮屈感が私を追いやる、自分の吐く息が重たく感じ、急にここから早くでたいという気持ちに駆られた。私はこうと決めたら自分の気持ちを抑えられない。駅の入り口で漫画喫茶のティッシュを配っていたのでもらい、鼻をかんですぐに電車に乗り込んだ。時間が時間なだけに電車のなかはいらないものを詰め合わせたお歳暮くらいぎゅうぎゅうに人が詰まっていた。
私は電車に揺られるとボーっとする癖がある。考えごとや音楽を聴くわけじゃない。ただボーと何も考えず、ここにいるという自分の存在を消す。遠い世界に行ってしまったみたいに。だから降りなければならない駅を何度も通り越してしまい、その度、私はいったりきたりを繰り返す。
 家に着いたのは夜の十一時くらいだった。私の家は駅から商店街を抜けてすぐの八階建てのマーメイドというマンションだ。シャレているのは名前だけ、肝心の建物はかなりがたがきており、人魚の美しさとは似ても似つかなかった。近くには公園もあり、ブランコと砂場と鉄棒が完備されていた。小さい子供たちが泥んこになって遊んでいるのをよく目にする。私の家は六階に位置していて、そこからならかなりキレイな夕日がみれた。ずっと見ていると心を奪われるくらい。
今日から家族は私を置いて旅行に行った。家に入ると隣の部屋のテレビの音が聞こえた。テレビの笑い声に合わせて隣に住んでいる人の笑い声も聞こえる。真っ暗なテレビに映った自分が私じゃないように感じた。ていうかあんな生気のない顔をした人間が私であって欲しくなかった。電気をつけると、机の上にメモがあった。私はそれを読まずに破ってゴミ箱に捨てたが、あることをひらめきもう一度、一枚ずつゴミ箱から拾い集めて、ベランダへでた。外はすっかり寒い。六階じゃあ風はごうごう音をたてて泣く。私も泣こうかと思った。ごうごう、ごうごう。
 空には雲ひとつなく、月がきれいな丸を描いていて、そこだけすっぽりとったら、白くなってるのかなーなんて真剣に考えた。私はたまにベランダで生活がしたくなる、やめたくなったら、たった一歩で暖かい家の中に戻れるし。そこが一番の魅力。私は根性がないから。しばらくボーっとしていたが、体が芯から冷たくなってきたので、私はさっさと用件をすませることにした。ベランダから手だけを乗り出して、さっき寄せ集めた母からのラブレターを少しずつ風に乗せて飛ばした。今日嫌だったこと全部、切り刻んだ紙、一枚一枚にのせて。暗い夜の闇に白い紙が楽しそうに踊りながら宙を舞う。

 私はクラスで孤立していた。別にいじめられているとかはぶかれているというわけではなく、友達がいないわけでもない。好んで一人でいる。一人が好きだから。友達といるときの馴れ合いが嫌だ。お互いを支えあっていても、口だけで生きている感じ。
授業中は机に頭をふせて寝て、顔に赤くなった腕の後をつけらながら、昼休みになれば、売店でパンとパックの飲み物を買って、屋上にいる。屋上は普段は鍵がかかっているのだけれど、この前、美術の時間に屋上を使った時、私は先生に自分から、鍵を職員室に返しておきます。といって鍵を受け取り、次の授業をさぼり、合鍵を作りに行った。まったく問題にならなかったので、きっと先生も誰一人気づいてないと思う。屋上は私の学校唯一の憩いの場である。昼休みのチャイムがなってから私は教室に向かうのでいつも少し遅刻する。最初のうちは先生も、私に遅れてくるなとか、理由を聞いてきたりしてはいたが、私が、べつに。しか言わなかったので、ここ最近何も言わなくなった。私が教室つくと、二、三人のグループに別れて、ドラマの台本の打ち合わせをしているみたいにお互い本を読みあっている。どうやら、プチ劇みたいなものをやるらしい。私はとりあえず窓際の後ろから二番目の自分の席に座った。
「長谷川、お前が早くこないから二ノ宮が練習できないだろ。早く二人で練習しろ。詳しいことは二ノ宮に聞け。」先生が隣のクラスにも聞こえそうなくらい大声で私の名前を呼ぶ。うざい。横のほうを見ると、少し離れたところにいる二ノ宮が私をみている。私は机から教科書をだそうとしたが、持ってくるのを忘れた(ていうか、つねに何もない)ので、手ぶらで二ノ宮の前のあいている席に座った。
「ごめん、教科書忘れた。みせて。」私は小さい声でそう言った。
「うん、わかった…。」と私より小さいぎりぎり聞き取れるくらいの声でそう言った。
 二ノ宮は、髪を斜めにわけて、肩よりちょっと長いくらいの長さだった。真っ黒な黒いふちのメガネをしている。
二ノ宮は高校の入学式から一ヶ月くらい学校を休んでおり、初登校してきたのは五月の終わりだった。二ノ宮と中学から知り合いの子がクラスにいて、その子は中学の頃から二ノ宮をいじめており、高校に入ってからも友達とつるんで、気に食わないと言っていじめていた。二ノ宮に授業中に後ろから消しゴムのカスを投げたり、委員会にむりやり立候補たり、いまどきドアにはさんだ黒板けしに引っ掛かるかなど実験してみたりしていた。そして見事二ノ宮はそれに引っかかってしまい、罠を仕掛けた本人たちは手をたたいて喜んだ。二ノ宮の頭にぶつかった黒板消しがボンっと音をたて、汚い煙を吐き、二ノ宮の顔のあたりを覆った。そのせいで黒ぶちのメガネが真っ白になった。二ノ宮は頭とメガネにチョークの粉がついたまま、黒板消しを黒板の手前に置き、自分の席についてから、メガネの粉を拭き取った。彼女はずっと一言も喋らなかった。最初のうちはこれをかわいそうに思った子が、いじめている子たちにやめてあげるように頼んではいたが、彼女たちはこんな楽しいことなど止められないと言わんばかりにそれらの行為を続けた。先生までも見てみぬフリをし、最近ではこれが、私たちにはチャイムが鳴れば席に座るくらいごく自然な風景になっており、もう誰も彼女をかばう人はいなくなっていた。
 二ノ宮が教科書を横にして、二人でみえるようにしてくれた。教科書の開かれたページにはかわいい落書きがいっぱいしてあった。二ノ宮は人に聞かれちゃいけない話をするときくらい小さい声で、それでいて少し低めの聞き取りにくい声をしていた。私にやるべきことの説明を始めた二ノ宮は私の目をいっさい見ず、先生が言ったと思われることを頭の良いオウムのように繰り返した。二ノ宮の単調な説明を聞き終えたときにはもう残り十五分くらいになっていた。長々と話した説明をまとめると、ただ二人で読みあうというこんな意味のないことを来週に発表するらしい。休んじゃおうかな。私が何も言わないでいると、二ノ宮が無愛想に言った
「私がお母さんのほう読むから、長谷川さんは娘役でいい?」
私は黙って首を二回縦に振った。セリフはお母さんからだ。
 二ノ宮は最初のセリフを声が小さいながら気持ちをいれて読んでいた。この話、父親のいない不良娘が母親に散々迷惑をかけ、母親が病気にかかり倒れたころ、自分がいままでしてきたことを後悔し、母親のために一生懸命、働いて手術費用を稼ぐという有名な小説の一部だった。私はこの本を以前、読んだことがある。結局、母親は助からないが、いままで娘が母親の手術費用のために働いて貯めたお金に、母親はまったく手をつけておらず、娘の結婚資金にと残し、幸せになっておくれ、と言い、息をひきとったというラスト。
私は中学のころ、この話を読んで泣いた。こんな母親が羨ましくて泣いた。うちの母はいつも勝手に私を置いてどこかに行ってしまう無責任女だ。家にいても、母は朝から晩までパジャマのままで掃除も洗濯もほとんど私がやった。酒も飲むし、タバコも吸う。酔って暴れずに寝てしまうだけマシだったが、そんな母親に嫌気がさした父親は私が中学に入ると同時に私を残し、出て行った。
隣のグループをみると、もうとっくに練習などやめて、昨日みたドラマの話をしている。心の中で、あっ、それ私も観た。といった。
「長谷川さん…次のセリフ…」と二ノ宮。
「ごめんごめん、ボーっとしてた。どこだっけ?」と私。
その時、授業終了のチャイムが鳴った。
「あっ終わっちゃったね。じゃあ続きはまた今度練習しよう。」と言って、私は目を合わせずにさっさと自分の席に戻り、帰る支度をした。
 
校門を出ると、風で髪の毛が流され、目を隠した洋風のおばけみたいな紀子が機嫌悪そうに私を待っていた。紀子はすでに制服からギャルっぽい格好に着替え、前にあった時とは違い、髪の毛を金色に染めていた。中学のときから私にちょろちょろついてきて、違う高校に通ってからも学校が終われば、たまに校門で私の帰りを待っている。私の何が好きなんだろう?目が合うと、走って私に近づいてくる。なんか犬みたい。
「ちょっとー、理沙ぁ、なんで急に帰っちゃったの?あの後、メール送ったのに返事ないしさー。」紀子は調子っぱずれな声でそう言った。
「ごめんね、急に親に呼び出されてさ。」と私は適当な言い訳をつけた。ただめんどくさくなったから、なんて言えなかった。
「あのね、昨日さ、彼氏に聞いたら、理沙に友達紹介してくれるってさー。んでね、もう今日会うことになってるからー。」
「今日?」私はびっくりして答えた。
「そうだよー、だから昨日メールしといたじゃん。みてないのー?」
 そんなの知らなかった。昨日はベランダにいたし、うちのマンション電波悪いし。私は何か良い案はないかと足りない脳みそをフル回転させ必死に考えた。校庭を私の後に出てきた二ノ宮が下をむいて歩いている。左手に薄い青い本を持っている。校庭の周りを囲うようにたっている木が、ソワソワと葉を揺らし、勢いよく風に乗って飛ばされた葉が、二ノ宮の前にゆっくり右に、左にと動きをつけながら落ちた。
「ごめん、私、今日あの子と約束あるんだ。」私はまた人のせいにして適当な言い訳をつくった。私が嘘をついたのか、人を巻き込んだのに対してか、強い風が吹いて、木の枝が葉を巻き添えにして揺れ、ザワザワと音をたてた。自然に怒られたような気がした。
「ごめん。」私は怒った紀子と自然にたいしてもう一度、謝った。ここで紀子がまたなにか言う前に私は追い討ちをかけた。
「私さ、合コンとか紹介って好きじゃないんだよね。ほら、出会いに運命求めるからさ。」と言って、返事を待たずに、じゃあね。と言い、まったく関係のない二ノ宮に、さっきの私に近寄ってきた紀子みたく走り寄った。私は紀子の横を素通りして校門をでた。紀子は去っていく私と、一緒に並んで歩いている二ノ宮の後姿を見ていた。背中に視線がささる、痛い。
「どうしたんですか、一緒に遊びに行くふりしてくれだなんて、何かあったんですか?」二ノ宮がレンズ越しに私の目をジロジロみて聞く。きっと二ノ宮には興味のある話なんだろう、目を輝かせている。絶対二ノ宮はテレビはサスペンスしかみないはず、私はそう思った。しかし答えるのがめんどくさかった私は、適当にうん、まあね。と言った。二ノ宮が少し残念そうにしたのがわかった。
 沈黙。こう一緒に歩いていても、お互い何を話していいかわからないし、会話がない。それはそうだ。私はただでさえあんまり人と会話をしないのに、二ノ宮と話したことなんて覚えてないと言ってもいいくらいだ。私たちはしばらく何も喋らず歩いた。鳥の鳴き声や近所の人がふとんをたたく音など、無言でいると音のあるほうに意識がいってしまう。ふと、私は二ノ宮が左手に持っている青い本が気になった。スカートの影にあり覗こうとすると、二ノ宮が私からみえないように少し後ろへ下げたので、隠して持っているように思えて、ますます気になってきた。
「その青い本なに?」私は思い切って聞いてみた。
二ノ宮は困ったように、これは、その、あの、とか言って、爪を噛んだ。しばらく爪を噛みながらえー、とかうーん、とか言った後に、これはピアノの本です。と言った。あきらかに今、二ノ宮の頭のうえにひらめいたというサインの電球がみえた。嘘だな。私はそう思った。
「本当に?それピアノの本なの?」私は念のため、もう一度聞いてみた。
「はい、そうです。」今度ははっきり答えた。
「へー、ピアノやってるんだ。知らなかった。私も昔、ちょっとやってたんだ。今、何年やってるの?なに弾いてるの?」と私は意地悪な質問を立て続けにした。
「えーっと、六年くらいやっていて、今はショパンとか…弾いています。」
「曲名はわかんないの?」
「あ、あのカノンとか…」
カノンはショパンじゃねえよ。私はこころのなかで二ノ宮の肩につっ込みを入れた。私の想像の中で二ノ宮は、舌をだした。でもこれで二ノ宮がなにかを隠して嘘をついているのがわかった。ほんとにピアノを習っているならカノンくらい誰が弾いているか分かるはず。ところでカノンって誰の曲だっけ?
 私たちはいつのまにか駅まで歩いていた。駅に着くと、二ノ宮は用があると言って、駅の中に姿を消した。もちろん私は二ノ宮の後を尾行した。こんなおもしろそうな話、放っておけない。私のこころがそう言ったので二ノ宮に悪いな、とは思ったが私は自分のこころに素直に従った。そういう人間なのだ。
駅に入ると、二ノ宮は切符を買って改札を通り抜けた。下ばかりみて歩いているので何度も人にぶつかっている。私は二ノ宮がどこまで行くかわからないので、一駅分だけ買って、改札を通り抜けようと思ったが、お金の節約のため、駅員がいるところから一番離れた改札口をむりやり通り抜けた。ピーピー音がなったが、少しかがんで人ごみに紛れ、階段を下った。ホームにでると、電車がすぐに来た。私は二ノ宮にばれないように、一車両離れて電車に乗った。幸い、くだりの電車だったので中は、意外と空いている。二ノ宮は電車のなかで熱心にさっきの青い本を読んでいる。そのとき、電車がカーブをし、二ノ宮に集中しすぎていた私は、倒れそうになり、知らないサラリーマン風の男の人にぶつかった。男は迷惑そうな顔している。私は言葉を発せず、ただ頭を下げ、つり革ではなく、ひんやり冷たい鉄の棒にしっかり掴まった。二ノ宮のほうを見てみると、さっきのカーブで倒れたらしく、床に両手両膝をついていて、本が手の届かないところまで飛んでいた。二ノ宮は本を拾って、ふらふらしながら起き上がり、右手でつり革に掴まりながら左手で本を読み始めた。
 電車の窓から眺める風景が足早に入れ替わる。さっきまでとても晴れていたのに、今にも雨が降りそうな天気になっていた。雲の動きが少し早く感じる。しばらく窓の外の風景には、田舎らしい緑があったが、電車が進むにつれ、ポツポツと建物が並び始めた。電車に三十分くらい揺られたころ、アナウンスが流れ、ゆっくりと駅に停車した。小さいホームのわりに人が大勢いる。二ノ宮はさっきまで読んでいた本をかばんにしまって、電車を降りた。私も少し離れてそれに続く。
さっきと同じようにむりやり改札を突破し、駅から外に出ると、夕日が沈みかけていた。眩しくて二ノ宮を見失いそうになる。あたりを見渡すとどこもビルだらけで、おしゃれなお店が並んでいた。もしかして風俗で働いてるとか?しばらくそんな雰囲気のする場所を歩いて行った。しかしすぐにその問題は無事に解決した。二ノ宮が大通りから、曲がり、細い路地に入っていったので私はみえなくなる前に急いで後を追った。細い路地にはたくさんのピンク色の看板を掲げた風俗のお店と、小さな劇場があった。私がやっぱり風俗?と思うと、二ノ宮はそれとは反対に位置している建物に入っていった。よかった。私はなぜか安堵のため息をした。さすがにクラスメートが風俗で働いているのはちょっとね。しかもあの二ノ宮が。
私が劇場の入り口を覗くと、けっこう急な降りる階段があり、上を見上げると、劇団スイートと書かれた看板がぶらさがっていた。気がつくと細い路地は日が当たらないせいか結構暗くなっていた。風俗の看板に明かりが灯る。でも二ノ宮が入っていったところは明かりになりそうなものなどまったくなく真っ暗。大丈夫かな?
私は勇気を持って、というよりどうでもいいや。と開き直って階段を下った。階段を下ると、壁はコンクリートで作られていて薄暗く、左に映画館のチッケト売り場のようなものがみえた。私は中を覗いた。なかで無精ひげを生やしている三十代くらいの男の人が雑誌を読んでいる。
「あの…、」私は話しかけてみた。
「なに君?劇団員志望者?」
男はめんどくさそうな感じで私にそう聞いた。
私は少し言葉に詰まった。劇団志望者ではないし、ましてや友達が入ったので、なんて言ったら、二ノ宮を呼ばれてばれてしまうかもしれない。そこで私は見学者を装った。
「いえ、私、少し劇団に興味があって、見学したいんですけど、みていてもよろしいでしょうか?邪魔にはならないようにしますんで。」
「ああ、見学ね。いいよ、いいよ。勝手に入って。」
男はそう言ったきりこっちを向かない。無愛想で対応は悪いし、なんかいらいらさせられたが、勝手に入ってと言われたので、私は土足で人の家にあがるような気持ちでどんどん進んで行った。壁にはやたらと知らない名前の演劇のポスターが並んでいる。突き当たりに大きい両開きのドアがある。私はそこを偉そうに両方いっぺんに開いてやろうと思ったが、やめて少し開けてからそこの隙間からそっと顔をだし覗いた。中には映画館のように椅子がたくさん並んでいて、奥には舞台と八人くらいの人が立って芝居をしている。私はそっと入って、忍び足で歩き、一番後ろの端に座った。
 一番前の席に座っている監督らしき人の怒声が響く。劇団員よりも私が驚いて、ビクっとしてしまった。ほんと驚いた。
「お前、やる気あんのか!もっと腹から声だせ!舞台で声を張るのは当たり前なんだよ!それができないならやめろ!」
監督らしき人は近くにあった灰皿を床にたたきつけた後、もう一度。と言った。怒られた人は下を向いて、腹から声もだしたつもりか、声が裏返って、はい。と言った。しかしよく見ていると、怒られて舞台に立っている人はどこか二ノ宮に似ていた。ただメガネもかけてないし、化粧もしていて、遠くからはとてもキレイに見える。私は偶然、隣を歩いて通り過ぎようとした人を捕まえて聞いてみた。
「あの、今、怒られた人、名前なんていうんですか?」
「ああ、あいつはね、二ノ宮ゆりだったかな。」
 やっぱり二ノ宮だ。全然違う。今日向き合って、本を読みあっていたし、一緒に帰ったのに全然わからなかった。私が席から立ち上がって、じっと二ノ宮を見ていると、男が話しかけてきた。
「君、誰?新人さん?」
「いえ、私は見学しに来ました。」
「そう見学か、さっき監督が怒ってたのみた?あれみたら入る気なくしちゃうかもね。」と言って笑いながら、私の隣の空いている席にちゃっかり座った。私はその人に合わせて笑いながらさっきの席に座った。隣に座って、男の人を横目でみてみると、きれいに整った顔をしていて、短髪がとても似合っていた。急に彼がこっちを向いたので私は急いで視線をそらした。
「あの子ね、女優を目指しているらしいよ。」
「あの子?」私はボーっとしていてすぐにおもい浮かばなかった。
「二ノ宮さん。」
 私は、あぁ、そうなんですか。としか言えず、会話を終わらせてしまった。二ノ宮が女優?私はその言葉が耳から離れなった。クラスでいじめられている二ノ宮が?
 舞台の上にいる二ノ宮は彼女なりに一生懸命演技していて、汗をかきながら声を張っている姿が学校にいるときとは想像もできなかった。二ノ宮の手や足の動き、声の高さ、髪の揺れまでもが、まだ未熟ながら、私を魅了して離さなかった。私は二ノ宮をとても遠くに感じ、それでもなお、私のいるところまで届くなにかが私の胸の鼓動を早くさせる。私の心臓のリズムに合わせて、セリフが流れ、二ノ宮の演技が続く。瞬きするのも忘れそう。
私はしばらくずっと彼女の演技にみとれていた。
「…み、名前は?」
「え?なんですか?」
私は隣に座っていた男に自分の世界から現実に引き戻された。
「名前だよ。一応聞いておこうと思って。」
「あっ、すいません。長谷川理沙といいます。」
「僕は、吉永直樹、直樹って呼んで、よろしく。」
私はもう二度と会わないと思うよ。と心の中で思いながら、彼が握手を求めてきたので、彼と握手した。
 監督が席を立ち、私のほうへ歩いてきてぶつぶついいながら横を通り過ぎた。吉永さんがあいさつしたが、監督は何か考え事をしていたのか、無視していた。どうやら今日は練習が終わったらしい。舞台のほうをみるとかたづけをしていて、二ノ宮がかたづけをしながらタオルで汗を拭いている。私は二ノ宮にばれないように、直樹さんにあいさつして劇場を後にした。
 外に出ると、もう日はとっくに落ちており、月が気持ちよさそうに空に浮いている。風が私の火照った体を通り抜けて、とても気持ちいい。今日は私もよく眠れそう。時間は十時を過ぎていた。私は観たいテレビがあったのを思い出し、急いで家に帰った。

感想

  • 42374:{感想ですが}なんだかどんどんストーリーかしている文章だから引き込まれるって感じがしました。続きはどうなるのかな。長谷川理沙さんはどのような恋愛とか成長するのかな。[2013-09-15]

「 ヒロシ 」の携帯小説

恋愛の新着携帯小説

サーバ維持用カンパお願いします。
WebMoney ぷちカンパ

Twitterで管理人をフォローする

利用規約 - サイトマップ - 運営団体
© TagajoTown 管理人のメールアドレス