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バー・ラグーン

[449]  最上  2006-11-12投稿
じめじめした夏の夜、木の戸がきしむ耳障りな音を運んで男が店に入ってきた。「いらっしゃいませ」
俺は別段愛想がいいわけではないが悪くもない曖昧な対応で済ませる。
「ご注文は」
長身でどこか陰欝な空気をまとうこの男。深夜だとはいえ夏であるのに、闇よりも深い黒のロングコートを身につけている。そしておもむろに胸元から何かを取り出す−
「お客さま」
俺は男の動きを静止させた。
「ご注文は」
礼は失さない。これこそが商売の基本であり真髄だ。「…」
どのくらい時間が経っただろうか。俺と男は視線を逸らすことなく互いを見合ったままだった。吸い込まれそうな黒い瞳。実際にはそれほど時間は経過していない−先に沈黙を破ったのは男の方だった。
「…レッドアイ」
重厚な響きを持つ声。その中には何かを知っているような確信と悲哀が混じりあっている。
「お客さま、当店ではそのようなお酒は取り扱っていませんので」
「『赤い目』−レッドアイだ」
「……」
再び訪れる沈黙。だが次に沈黙を破ったのは俺の方だった。
「…話を聞こう」
俺は緊張を解き、本題に入る。知られざる合い言葉を知っている男の注文は−
「こいつを捕まえてほしい…生死は……問わない」
取り出した写真に写る標的はいたって普通、いやむしろ端整な顔つきの少年だ。しかしやばい内容ということは間違いない。
「私の息子だ…可愛いだろう…しかし今は、今はあの子に…悪魔が……」
それ以上男の口から出るものはない。それ以上は必要なかった。男は歯を震わせ涙を流している。それだけで十分だ。俺にはこの人の気持ちが痛いほどわかる。
バー・ラグーン−通称湖−はこんな店だ。俺は困っている人を助ける。いわゆる便利屋だ。合い言葉を知るやばい人達を救う。それが俺のビジネス、そして食いぶちなのだ。
「場所は」
「…東メドラ通り、4の…」「大丈夫だ。あとは俺が探す。任せろ」
俺は最後まで聞かなかった。これ以上この人に口を開かせたくなかったから。
「今日の5時。それが決行の時間だ。同伴するかしないかは自分で決めてくれ」

−木の戸が悲しげ音をたてて閉じる。男の背中は泣いていた。

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