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砂春陽 遥花さんの投稿された作品が39件見つかりました。
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MLS-001 028
吹き渡る青い潮風。磯の匂いが、胸に熱い。少し寝たからか、無性に、喉が乾いた。立って海面を見ていると水が飲みたくなるから、花鼓は眠る真龍の隣に座った。林中の倉庫で晴牧に殴られてからぼうっとしていた頭が、今は、妙にはっきりしている。無惨だった顔も手も擦り傷だらけだった足もすっかり治っていた。ついでに言えば、左腕の点滴針の跡まで消えていて、そのせいか、今すぐは病院に戻りづらかった。母さんと明広は、きっ
砂春陽 遥花 さん作 [907] -
MLS-001 027
ここは、どこ?耳には穏やかな波の音。立ち上がると、海岸線から花鼓の足元まで、コンクリートの道が真っ直ぐ海の中を伸びている。人が4人、横に並んで歩けるか歩けないかの幅だ。幼い頃、母、来実子が海を見に隣の港町まで連れて行ってくれたことを思い出す。港の両端に造られた灰白色の細く長い道。角の生えたUFOみたいなコンクリートブロックが、道の両側にゴロゴロと積まれ、波に洗われている。あの日、穏やかな波に誘わ
砂春陽 遥花 さん作 [664] -
MLS-001 026
今から13年前。皇鈴は、遠く北華の地方都市、黄泉に3人の家族と住んでいた。夫、京執は零細企業の勤め人ながら家族思いのよき夫。双子の娘、真花、龍花は当時5才。起きている間は始終面倒を起こす年頃に手は焼けるが可愛い盛りであった。その日、京執は娘二人を郊外の動物園へ連れて行った。当時には珍しく仕事を辞め、育児に専念していた皇鈴は一人家に残り、週にたった半日の自分だけの時間を楽しんでいた。窓辺に座り温か
砂春陽 遥花 さん作 [701] -
MLS-001 025
俺が知識不足な分、圧倒的に不利だな。皇鈴は、相変わらずクスクス笑いながら、明広の向かいの席に斜めに座った。「分からないことは訊きなさい。私の知ってることなら、何でも教えてあげる。その代わり…」「鈴さん。」店の主人が、カウンターごしに女の声を遮った。「あっ、いつもの2つ。」応えた皇鈴の声は、明広に話しているときより半オクターブは高かった。おまけに、細い左手でピースまで作って見せている。「ここのコー
砂春陽 遥花 さん作 [691] -
MLS-001 024
朝空は東から急速に白くなり、橙になり、新しい一日の始まりを告げる朝日が2人の横顔を力強く照らし始めた。女は、一見何の店か分からない小さな一軒家の扉に手をかけた。チリンチリン古風な鈴の音が店の主人に来客をつげる。「おっ、おはよう、鈴さん。」鼻の下に灰色の口ひげを蓄えた店の主人が、明広より一足先に店に入った女に親しげに挨拶した。銀縁の眼鏡の底から細いが人のよさそうな黒い瞳が覗く。皇鈴に続いて木製の重
砂春陽 遥花 さん作 [672] -
MLS-001 023
「声に出てましたか?」予言者は笑顔のまま、軽く頭を振った。ストレートの長い黒髪。ライトグレーのジャケットに黒いインナーとパンツ。細い身体のラインもそのままだ。夕方、街灯のまばらな住宅街で見たときと格好は少しも変わらない。ただ、薄暗がりの中ではよく見えなかった顔は、蛍光灯の白い光の下で見ると美しかった。透き通るように白い肌がぐっと迫って来た。すっと通る鼻筋。なめらかで引き締まった顎の輪郭。高い頬骨
砂春陽 遥花 さん作 [700] -
MLS-001 022
買って来た缶コーヒーを開ける。動かせない右手で缶を持ち左手でプルタブを引く。慣れない作業に左の人差し指は一度滑り、二度滑り、三度目で漸くカシュッと心地よい音がした。一口飲んだコーヒーがゆっくりと喉の奥を下っていった。冷たいコーヒーと引き換えに指の腹がヒリヒリと痛んだ。「どうして助けを呼ばなかったんだ?」質問が耳に蘇り、明広は目を落とした。怪我の処置が済むとすぐ警察の事情聴取が始まった。泥水の中か
砂春陽 遥花 さん作 [655] -
MLS-001 021
「こうすれば、ちょっとはマシでしょ?」真龍が顔をあげると、花鼓は左を向いて立っていた。無傷な顔の左半分をこちらへ向け、眼だけで真龍を見ている。口元が寂しそうに笑っている。一滴の冷たい水が真龍の心の中をつうっと流れていった。黒髪の少女は細い首を折ってしっかりと頷いた。花鼓が左腕を伸ばす。真龍は、迷わずその手を握った。手まで流れそのまま固まった血と砂がザラザラと触れた。半端に開いたまま握り返すことの
砂春陽 遥花 さん作 [667] -
MLS-001 020
花鼓は晴牧の出て行った跡をじっと見ていた。鼻翼と目尻に沿って赤黒い筋があることを除けば左の横顔は傷一つない。ここへ来るとき、車の中で『あなた、名前、何?』と真龍に訊いた顔、そのままだ。「大丈夫。すぐ思い出すから。」視線を感じたのか花鼓もゆっくりと真龍の方へ顔を向けた。「晴牧 信護は、貴女のことを覚えている。少しの間、貴女のことに気が付かないだけ。操作の後遺症、みたいなもの。」花鼓の右半分の顔は赤
砂春陽 遥花 さん作 [698] -
MLS-001 019
ガタガタガタガタ暗い木々の間を吹き抜ける湿った風は、倉庫の入り口のシャッターと一緒に真龍の迷う心も揺らした。血みどろの金属の塊とともにたった一人、薄暗い倉庫に留まるか。晴牧とともに人々の眠る街へ帰るか。晴牧は小心者だが心の底に熱い泉をもつ頼れる男だ。錯乱していても真龍が声を掛ければ街まで乗せてくれるだろう。でも、今ここを離れたら二度と花鼓に会えないかもしれない。真龍は、一度上げた手を下ろした。シ
砂春陽 遥花 さん作 [680]