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夏休み

[613]  明智 大河  2007-07-28投稿
 小学校に上がって初めての夏休み。昼前に祖父の家に向かった。
 空は飽く迄青く、澄んだ川は山地を縫って流れ、人の姿は稀だ。
 しばらく歩くと、木漏れ日の揺らぐ、森にさしかかる。
 そこで、奇妙な物音を聞いた。水の音と人の声が混じっていたので、川に降りてみた。
 深さ三十センチしかない浅瀬に誰か倒れてもがいている。
 よく見ると、小綺麗なスーツを着た細身の老人で、ボタンがキラキラ輝いていた。
 誰もいないので、手を引っ張って、岸に上がらせようとしたが、逆に引きずり込まれそうになり、水の中に転倒した。
 その人は、声は出してないが、目で救いを求めていた。
 しかし、私は恐怖感のあまり、その人の胴体を何度も何度も踏み付けて、何とか手を離して、岸に逃れた。
 老人は、手を離すと同時に静かになったが、水中に顔を浸けたまま動かなくなってしまった。
 見開いた目だけは、こっちを凝視している。
 私は、無言で祖父の家まで、駆け込み、誰にも話さないまま、帰ることになった。
 帰りに、あれは幻であることを願いながら、川に降りてみた。
 そこには、あの哀しげな目とそっくりな目を見開いた魚が浮いていた。
 あの老人の光るボタンのように、横腹をキラキラ輝かせながら。
 私は、一目散に自宅を目指して掛けた。
 蝉のさざめきが、どこまでも付いてきた。

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