水を飲む
水が奏でる音を聴いている。
すべてが不均等な旋律かのようで、いや、そうでもない。
一定の間隔で刻むリズムは整った綺麗さがある。
不均等なリズムには惹きつける妖しさ、美しさがある。
水は双方を兼ね備えている。
水は素晴らしい。
なんと美しい。
『岬を一隻の船が発つ』
触れてみても指の間をすり抜け、それはまるで高嶺の花のよう。
水は私に情けをかけて、ひんやりと偽りの接吻を与える。
水に触れたい。
ふとそう感じる時がないだろうか。
水に愛されたい。
水に恋焦がれたことはないだろうか。
私はただの汚れ。
洗い流してもらいたい。
ああ、水に触れていたい。
丸裸で生まれた私に、
澄みきった生まれたての私に、
汚れを知らなかった私に、
汚れる前の私に、
洗い、流して欲しい。
『湖上の船はゆらりゆらり』
私はすべてを水にささげた。
するとどうだろう。
水は身体を包んでくれた。
水が私を受け入れてくれた。
『その船に人影はない』
私は許されたのだろうか。
貴女に近付くことを。
ただ情けをかけて、私を抱いてくれたのだろう。
貴女は本当に優しい。
『湖面に水の波紋が揺らぐ』
『やがて鎮まり』
『陽が昇る』
浸かった身体、
膨れた身体、
濡れた身体、
冷えた身体。
湖の端に上がる一つの入水死体。
水は汚れた身体を洗い流して、魂だけをつれていく。
嗚呼、なんと素晴らしい。
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