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人斬りの花 16

[375]  沖田 穂波  2009-07-16投稿

3-3 香

師匠は早くに両親を亡くした抄司郎を,
我が子のように可愛がり厳しく師事した。

というのは,
師匠には子がいない。
嫁の結は病弱で,
子が産めなかったのだ。

だから,
この身よりの無くなった抄司郎を引き取り,大切に育てた。
いつの間にか,抄司郎も二人を実の親のように思うようになっていた。

抄司郎が道場を去ってから二ヶ後,結は死んだ。病の悪化が原因だ。

師匠は遂に
一人になった。

いや,
その時はまだ道場に門弟がいたから良い。
道場が無くなった今,
師匠は本当に,
ヒトリだ。


― 自分のせいだ。

抄司郎はとにかく,
自分を憎まずには居られなかった武部に逆らった自分が悪いのだ。

一人孤独に暮らす師匠を考えるだけで,
激しく胸が痛む。

『頼む,師匠を訪ねてやってくれねぇか。いつだかあの人言ってたんだ。唯一,悔やみきれないのは抄司郎,お前を手放した事だと。』

平太は思い詰めたような表情で言った。

『そうか‥。』

抄司郎は少し考えてから答えた。

『では訪ねてみよう。師匠の所へ。』

『ああ,きっとお前が来た事に涙して喜ぶぞ。』

平太は川縁の長屋への行き方を丁寧に抄司郎に教えた。

『平太,ありがとう。感謝する。また会おう。』

そう言うと抄司郎は向き直り,師匠の居る川縁の長屋へと急いだ。

平太は,
そんな抄司郎の背中を見送って微笑すると,
また来た道を引き返して行った。


≠≠続く≠≠

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