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オンリー・ザ・ヤング (1)

[444]  阿部和義  2009-08-26投稿
 僕が仕事上でも、プライヴェートでも最もお世話になったのが寺田さんだ。

 彼は、僕よりもだいぶ年上だったのだけれど、年の差をまったく感じさせないくらい見た目が若々しかった。流行にも常に敏感で、他の年上の同僚たちに比べても常に考え方は今風であった。
 そんなことから、僕は寺田さんのことを密かにヤングと呼んでいた。特別な存在として、どうしても愛称をつけたい衝動に駆られたのだ。
 無論、本人や同僚の前では「寺田さん」なのだけれど、家族に愚痴を溢すときも、当時付けていた日記帳にもヤングと記していた。
ヤングに連れられて、初めてプールバーにも行ったし、年甲斐もなく自転車に乗れなかった僕に対して夜勤明けにも関わらず、日が昇るまでつきっきりで教えてくれたこともあった。

 ヤングは早くに結婚していた。当時は、子供をつくらないで共働きする夫婦のことをDINKSといって、マスコミでも度々取り上げられていた頃だった。子供のいなかったヤング夫妻は、僕にとっては時代の最先端をいく、かっこいい夫婦像だったものだ。
 そんなヤング夫妻にも鸛が降り立った。奥さんが妊娠したと耳にしたのは、僕が三年目になった春であった。ヤングの嬉しそうな姿を見ていると、自然に顔が綻んでくる。心なしか、失敗しても叱られる時間が短くなったような気がしていたのだけれど……。
 そんな幸せな時間が長く続くことはなかった。奥さんが流産してしまったことを上司から聞いたのは、まだ梅雨が明ける前であった。
 僕は、落ち込むヤングに気のきいた言葉ひとつも掛けられない無力な自分を恥じた。飲み会があると、どんなに遅くなっても必ず迎えに来ていた奥さんの姿を見ていただけに、一層胸が痛んだ。
 しかし、そんなヤングに凡そ信じがたい噂が立つのである。

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