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ベースボール・ラプソディ No.7

[566]  水無月密  2009-11-19投稿
 放課後、大澤は約束通りグランドに姿をあらわした。
 制服の上着を脱いだだけの姿でバッターボックスに立つ大澤は、軽く素振りをして体をほぐしていた。
 その空を切り裂く音はとてもブランクがあるとは思えず、マウンド上で八雲と打ち合わせる哲哉は、不快感を顕にしていた。
「大澤さんを引っ張り出したまでは褒めてやるが、この勝負は余計だったな」
「不愉快なやつだな、はなっから勝ち目がないような事いうな」
「条件が不利だといってるんだ。俺達の守備を見てみろ」
 促されて振り返った八雲は、後ろを任せる先輩達を見て親しみに満ちた笑顔を浮かべていた。
「先輩達は守るの上手いぞ、打つのは下手だけどな」
 カラカラ笑う八雲に、哲哉はため息をついた。
「俺は守備体制をいっているんだ。七人で守らなきゃならないから、どうしても守備に穴ができる」
 そして八雲に視線を戻した哲哉は、憂いの表情をうかべた。
「それにだ、お前には大澤さん以上にブランクがあるんだぞ。無理して肩を壊しでもしたらどうするんだ」
 八雲にはまだ、本格的なピッチングをさせたくない哲哉は、なによりも彼の肩を心配していた。
 人の身体は、物を投げるという動作には不向きな構造しており、それを行えば身体には大きなストレスがかかる。
 中でも肩への負担は甚大で、哲哉は医学的知識としてその事を知っていた。

「そう心配するなって、スウェーデンの言葉にあるだろ、ケセラセラってな。まぁ、なるようになるさ」
 飄々と答える八雲に、哲哉は改めてため息をついた。
「……ケセラセラはスペイン語だ」
「あれ、そうだったっけ?」
 笑ってごまかす八雲。それにつられて、哲哉も笑みをもらしていた。
 八雲の笑顔には不思議な魅力があり、人の心を引き付ける力があった。
 それは八雲の笑顔に邪念がないからだろうが、その根底にあるものを知る哲哉は複雑な心情でもあった。

「まあいいさ。だがこの勝負、俺の指示に従ってもらうぞ」
 ミットで軽く胸板を叩かれると、八雲は無邪気に笑って答えた。
「頼りにしてるぜ、てっつぁん」
 守備位置に向かう哲哉を見送ると、八雲は踵を返してありったけの声を張り上げた。
「しまっていきましょう〜!」


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