アオイ、そら。9
3-3 ゆきにい
『朱行様,お時間です。』
多哀家の女中が襖を叩いた。
『ああ,今行くよ。』
ゆきにいはゆっくりと立ち上がった。
『時間て‥?』
私は,誘っておいてどこかに行くなど失礼な!!
とか思っていた。
ゆきにいはひらひらと手を振った。
『すぐに戻りますよ,薬をね,飲むだけですから。』
色白だから気付かなかったが,確かに顔色が良くない。
風邪かもしれない。
と,私は予想した。
五分程でゆきにいは戻って来た。
『すみません,これだけは絶対に欠かせなくて。』
『いいっすよ。風邪ですか?』
この時,
こんなに軽い気持ちで尋ねてしまった自分は本当に馬鹿だ。
忘れていたんだ。
ゆきにいも,天帝の子孫であると言うことを。
『風邪というか‥,私もそろそろですからね。』
『そろそろって?』
『20歳。あと2ヶ月後には私,あの世ですよ。』
つまり呪いの死が近いのだ。
ふざけて合掌なんかするゆきにいが信じられない。
『嫌だなぁ,そんなに悲しい顔しないで下さいよ。私も呪いを知っていたんです。5つの頃,女中が噂話しているのを盗み聞きして。だから死への恐怖はだいぶ前に克服したんですよ。』
こうも潔く死を受け止めている人は珍しいのではないだろうか。
『生きたいと思わないんですか?』
私はゆきにいの手元に目を落とした。痩せこけている。
『はい。私も,未来に夢や希望を持たないように心掛けてましたからね。』
あまりにもゆきにいが明るく答えるから,
私はまるで自分の事のように泣けてきてしまった。
『未練はないんですか?』
『未練‥。』
何かを考える様に俯いたゆきにいは,やっぱりどこか悲しそうだった。
『恥ずかしながら,未練なら,あります。』
『当然ですよ!』
だって,
ゆきにいはまだ20歳だし,人にはやっぱり欲があるから。
しかしその欲すらも,ゆきにいには愛があった。
〇〇続く〇〇
感想
感想はありません。